ロシアの領土観、国境概念の変遷と特徴をたどるための基礎研究を行った。 20世紀はじめに西欧の地政学に刺激を受けて、ロシアにも地政学の系譜が生まれる。しかし、ソ連時代は、地政学がナチスドイツの領土拡大を正当化するための理論として援用されたこともあり、地政学はブルジョワの学問としてタブー視された。 しかし、ソ連邦崩壊とともに、新たな国際関係の構築を模索するロシアの中で、地政学は大きく注目されるようになる。ロシア共産党のジュガーノフ党首から、排外的民族主義を主張するジリノフスキーにいたるまで、多くの政治エリートや研究者が地政学的見解を開陳していった。 過去20年のロシア地政学は、新しい国際関係におけるロシアの位置を確かめようとするための手段から、次第に広範な研究に移り、現在では多くの地政学入門書も現れ、大学の教養科目にも取り入れられるほど一般化した。 欧米の地政学の流れの中に、ユーラシア主義者など西欧では紹介されないロシアの地政学者を組み入れたものが、地政学の一般書として紹介されていることがロシアの特徴である。 ロシアにおける地政学の普及にともない、ロシア側にクリル列島を地政学的な視点から重要視する傾向が見られるようになった。例えばロシア科学アカデミーが半世紀の調査実績のもとに2007年に出版した「クリル地誌」にも、その意識は明らかである。近年日本に境界研究がようやく登場してきたが、北方領土については、歴史的経緯を重視する日本と地政学的アプローチをしているロシアとの間にいっそう大きな齟齬が生まれているといえる。
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