本研究は、アダム・スミス『道徳感情論』における「同感と徳性」の論理を社会規範論へと展開することにより、現在の主流であるゲーム理論的社会規範論に内在する理論的諸困難を解決し、新たな社会規範論を提示することを目的とする。本年度は、当初計画である、(1)選好理論の研究(2)非結果主義的(義務論的)社会規範論の研究(3)スミスの社会規範論の中で、(3)を中心に、(1)と(2)とは補助的に研究し、その成果は「アダム・スミス経済学の制度主義的基礎」(2011年)として公表した。同論文においては、制度主義の観点からスミスの『諸国民の富』と『道徳感情論』の関係を考察したわけであるが、同論文は、第一に、スミスにおける選好論の多元性(利己的、利他的、社会的)を示すことにより現代の社会規範論の用いる利己的選好論を批判しつつ、現代の社会的選好論への関係を示した。第二に、『道徳感情論』における徳とは、行為の一般的諸規則=行為のルールであり、この意味で、徳とは制度=社会規範として理解できること、および、この規範の形成においては中立的な観察者およびこの観察者の行為者への同感の占める役割が明らかにされた。この把握は、徳=制度の形成に外部者の視点が必要であることを示すものである。第四に、行為の選択がこの徳を顧慮して行われるということは、行為の結果ではなく、行為そのものの選択であることを明らかにし、スミスの社会規範論が非結果主義であることを示し、最後に、『諸国民の富』は『道徳感情論』におけるこの徳;制度の把握の上に、その経済学理論が立脚していることを示した。本論文は研究目的(計画)中の基本的方向性を示したものである。
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