この研究は、反グローバリゼーション運動にかかる問題のうち、労働問題に焦点を絞り、多国籍企業による洗練された労務管理が、発展途上国における労働力の形成という正の役割を担っている可能性を検証しています。このため、企業の労務管理戦略と労働者の勤労意識に関する個票データを分析し、労働意欲の向上を通じて生産性を改善する要素について考察しています。特に、この研究では、労働者の労働環境や職務意識など、伝統的な経済学ではあまり取り扱われてこなかった要因を、実証研究に積極的に取り入れて行っています。 研究初年度は、既存研究のサーベイに基づいて、労働者への聞き取り調査票を作成し、インドにおける製造業に従事する労働者から聞き取り調査を行いました(900人程度の有効回答が得られました)。これまでのところ、これらのアンケートデータの整理・入力を行い、分析に必要なデータベースを構築しました。質問事項には、高い賃金を支払うことによって、労働者の勤労意欲を引き出そうという効率賃金のような金銭的誘因に基づく考え方以外にも、良好な職場環境や労働者間の公平性の確保など、非金銭的誘因が労働意欲を改善するという社会的贈与交換にかかる仮説も含んでいます。現在、データを概観しながら、分析モデル(変数) の選定を行っているところです。まだ確定した分析結果ではないのですが、公平などの非金銭的かつ主観的な価値判断が、労働意欲に対してある程度の影響をもつことは認められました。ただ、その程度については、相対的に他の要因と比べて思ったほど大きくなさそうです。企業別(多国籍企業と国内企業) や国別に違いがあるかなども含め、引き続き分析を精緻化させる予定です。
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