この研究は、多国籍企業による洗練された労務管理が、どのような形で発展途上国における労働力の形成に役立っているかを考察しました。多国籍企業は、単に自国の労務管理を海外に移転させて、成功したわけではありません。国ごとの制度・文化的要素などを考慮し、様々な外部環境に適応させながら、精緻な労務管理制度(労働報酬体系や職場環境の整備)を構築してきました。しかし、労働誘因として、金銭的要因のみに焦点を当てている古典的経済理論は、こうした複雑な報酬決定過程を説明するのには十分ではありません。そこで、労働誘因に関するいくつかの理論モデルの妥当性を比べることで、多国籍企業による洗練された労務管理は、どのような形で発展途上国における労働力の形成に役立っているのかを考察しました。特に、正と負の相互性(努力と怠惰)を区別して、公平感などの非金銭的な要因が労働意欲に与える影響に関して分析を行いました。 相互性に関する研究は、主にラボ実験によって行われてきましたが、短時間で(擬似)労使関係が終了してしまう実験ゲームに対しては、その分析の限界も認識され始めています。このため、発展途上国で活動を行う多国籍企業の労務管理戦略と労働者の勤労意識に関するアンケートデータを使って、実証分析を行いました。 分析によると、非金銭的な要因を重視する(良好な労務管理を好意としてとらえ、そのお礼として努力するような)モデルは、総じて労働者の労働誘因をかなりうまく説明していることがわかりました。一方、労働者が、常に解雇の不安におびえるような職場では、さぼったら首になるという脅しに基づいたモデルがうまく機能していることがわかりました。逆に、常に解雇の不安におびえるような職場では、労働者と企業の間に信頼関係が成立しておらず、こうした場合には、非金銭的な要因によって労働者の努力を引き出すことが難しいこともわかりました。
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