申請者は平成19~20年度の科研費課題研究において、郵政事業民営化(2007年)以前について、郵便貯金事業の財務分析を通じた同事業における「官業の特典」および「官業の制約」それぞれについて推計を行い、公社時代に既に「特典」を「制約」が上回るインバランスが拡大していたという推計結果を得た。これは一般に指摘される「官業による民業圧迫」とは逆に、実際には郵便貯金が対民間の競争条件を悪化させている可能性を示唆するものであり、最終的な結論を導くためにはより詳細な分析が必要とされた。 今回新たに特典と制約それぞれを「事業運営面」と「資金調達運用面」とに分け、「事業運営面」に限定して、民営化以前の10年と民営化以降09年度までに関する同様の推計を、再度内容を精査した上で行った結果、民営化以前、中長期的に両者に大きな開きは観察されず、民営化以降において「特典」が失われた半面、「制約」が事業運営面において一定の足かせとなっている事実が明らかにされた(『生活経済学研究』第32巻にて成果発表)。残された課題は、もう一方における「資金調達運用面」における特典/制約についての推計、ならびに将来に向けた官民の競争条件に関するシミュレーションであり、それらは現在、慎重に作業を継続している。 作業を慎重にしたのは、過去1年間の研究過程において、資金調達/運用の自由化に関して「暗黙の政府保証」や「民業圧迫」といった問題の複雑さに対する認識が深まり、歴史的研究および国際比較研究が、推計やシミュレーションの方法を選択する上で不可避であると判断したためである。そこでわが国における郵政論争史の研究(『岡山大学経済学会雑誌』41巻4号に一定の成果発表、同誌に続稿投稿中)を進める一方、ニュージーランドにおける国有企業の民営化問題について約2カ月におよぶ現地調査を実施した。その調査成果をまとめた論文を現在執筆中である。
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