研究課題/領域番号 |
22530326
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
藪下 史郎 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (30083330)
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研究期間 (年度) |
2010-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | スティグリッツ / グローバリゼーション / 世界金融恐慌 / 見えざる手 / 途上国経済 / 金融自由化 / モラルハザード / 国際機関 |
研究概要 |
本研究は、グローバリゼーションと経済金融危機との関連を理論的かつ歴史的に検討することを目的としている。2012年度においては、これらに対するJ.E.スティグリッツの考え方と理論・思想を中心に考察を行ってきた。その結果を拙著『スティグリッツの経済学 「見えざる手」など存在しない』(東洋経済新報社、20132月刊行)としてまとめた。 同書では、グローバリゼーションと金融危機などに対するスティグリッツのみならずさまざまな考え方を整理したが、そこでは過去数十年間の急速なグローバリゼーションの特徴として情報通信技術(ITC)またネオリベラリズムという経済思想のもつ「ネットワーク外部性」の重要性を指摘した。本書前半では、経済学者スティグリッツの経済理論と思想がどのように生まれ発展してきたか、その基礎となる「非対称情報の経済学」およびその下で生まれるミクロ経済学的問題とマクロ経済学現象について考察した。後半部分では、スティグリッツが経済学を実践し、彼自身の意見を社会に発信し現実経済に影響を及ぼそうとする側面に注目し、彼の現実問題への発言とその背景を検討した。たとえば、「グローバリゼーションの光と影」「世界的金融危機」「途上国経済とグローバリゼーション」「グローバル危機と国際機関」であるが、これらの議論で経済と政治との関連の中で政治の失敗が経済の資源配分および分配を歪めていることを強調し新たな視点を提供していることを見いだした。 2012年9月から2013年1月まで3か月近く中国で教育研究をする機会が与えられたが、そこでは中国の経済・金融システムの研究を始めた。1980年代の改革開放政策の下で急速に発展する中国経済についての文献を整理し、本研究のテーマの基礎となっている非対称情報の経済学や制度の経済学の視点から検討考察を行ってきたが、このテーマについては次年度も継続する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究計画では①「金融システムの不安定性」と「バブル理論」に関する先行研究の整理、②グローバリゼーションと金融危機」についてのスティグリッツの考えを中心に非対称情報の経済学の視点から考察した書物の刊行、③中国の経済および金融システムに関する考察を始めることを目的とした。 この中で課題②は目的を達成した。研究成果は拙著『スティグリッツの経済学 「見えざる手」など存在しない』(東洋経済新報社、2013年2月刊行)である。2013年3月ニューヨークを訪問した際にスティグリッツ教授と同書について意見交換を行った。目次は以下の通りである。序章「エスタブリッシュメントへの挑戦」、第1章「スティグリッツ経済学のバックグラウンド」、第2章「市場原理主義の経済学」、第3章「新古典派経済学の限界」、第4章「非対称情報とモラルハザード・逆選択」、第5章「マクロ経済学と非対称情報」、第6章「経済学の実践:ワシントンへ」、第7章「グローバリゼーションの光と影」、第8章「世界的金融危機}、第9章「途上国経済とグローバリゼーション」、第10章「グローバル危機と国際機関」、終章「スティグリッツのさらなる挑戦」。 本書において、ネットワーク外部性が急速なグローバリゼーションの進展で重要な役割を果たしていることを指摘したが、この概念は研究課題①の対象である「バブルの発生メカニズムと金融システムの不安定性」に深く関連していることが明確になってきた。すなわち、個々の投資家は期待を形成する際には、他の投資家および社会全体の期待に影響を受けることが、ネットワーク外部性の現象であることを認識することができた。研究課題③についてはWu(2005)、Naughton(2007)、Coase and Wang(2013)などの文献から、中国経済の直面する問題を整理した。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究課題としては次のことをあげていた。①「金融システムの不安定性」および「バブル理論」に関する先行研究の整理、②「グローバリゼーションと金融危機」に関するJ.スティグリッツの考えを本にまとめ刊行すること、③中国の経済と金融についての研究。今後の研究においては、これまでの成果に基づきながら以下のような方向で研究を進めたい。 (1)『スティグリッツの経済学 「見えざる手」など存在しない』を執筆する過程で、急速に進展したグローバリゼーションにおいて「ネットワーク外部性」という概念が重要な役割を果たしていることを明らかにしたが、同時にこの概念がバブルの発生と崩壊過程でも重要になることを気づいた。またスティグリッツの金融革新・緩和政策に関する議論で強調された証券化、オフバランス化やレバレッジなどの役割が、金融システムの不安定性のみならずバブルの発生過程においても重要な役割を果たしていると思われる。すなわち、それらが不確実性また情報の非対称性を拡大することになる。今後の研究方向としては、これらの要因を明示的に取り入れ、バブルの理論を再検討することである。 (2)平成24年度後半で進めた「中国の経済と金融」についての研究を続行する。中国経済は急速に発展を遂げてきたが多くの問題を抱えていることが指摘されている。たとえば、労働市場(都市と農村の賃金格差)や資本市場(国有企業への過剰な資本投資)の不完全性、国有企業における非効率性と不明確な所有権、政治の経済への恣意的な介入、都市と農村また都市内での格差の拡大、環境問題である。これらの問題は相互に関連しあっているが、新制度経済学の視点から見るとそれぞれが興味深い問題であり、本研究目的と密接に関連した研究課題である。
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