本年度研究代表者は、まず第一次大戦後イギリスおよびインドを取り巻く国際通貨状況をグローバルな視野より概観し、イギリスの世界的な通貨戦略、およびその戦略におけるインドの位置付けについて検討した。国力の衰退に見舞われたイギリスは、金本位制への早期復帰のために、アメリカによる拡張的経済政策に支えられた世界経済全体の浮揚への期待を高めた。しかし他方インドは戦後輸出ブームを通じて大量の金を世界から吸収し、世界景気に対する「反循環的作用」を果たしていた。イギリスはインドを世界経済から切り離してデフレ化することを望み、通貨収縮策等を通じてルピー相場を引き上げることを政策目的とした。私は1920年代に設置された対インド通貨政策に関わる2つのイギリス勅命委員会の報告・資料・証言を主な材料として、イギリスが執拗にデフレ政策を進めた経緯を整理した。またインド政庁が本国政府よりインドに対して融和的な姿勢を採ったことに注目し、その背景を探った。 続いて私は1920年代において通貨政策の焦点となったインド本位制論争について検討した。ここではイギリスの方針と異なる金貨本位制導入を主張したインド・ナショナリストの論拠が整理された。また彼らの主張に同調したイギリス人官僚B.ブラケットに注目し、彼の諸発言を通じてナショナリストの主張の客観的意義を明確にした。 私は以上の研究成果を「1920年代におけるイギリスの対インド通貨政策」と題する論文にまとめ、また山東大学(中国)での国際シンポジウムにおいて、研究成果にもとづいて、当時のポンド体制と現代のドル体制との歴史比較を試みた。本年度の研究成果は、我が国において20年代イギリスの対インド通貨政策に関する研究が殆ど皆無である状況に対して、その空隙を埋めるとともに、歴史研究を通じて現行ドル体制の特質を照射するという現代的意義を持ったと考えている。
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