本研究の目的は,組織間学習を促進・抑制する要因を体系的に解明し,実証的に検証を行うことである。組織間学習とは,組織自らの過去の経験に基づいて発生する経験学習とは異なり,他組織経験の観察,関連情報のエンコード,因果関係の推測に基づく学習の形態を意味する。この研究を通じ,「対岸の火事」をどうすれば「他山の石」に変えることができるのか,よりよく他の組織の経験から学習できる条件とは何か,を明らかにしていくことを目的としている。 前年度までに,理論研究,仮説の導出,実証研究,研究報告というプロセスを終わらせることができた。その結果認知のバイアスやヒューリスティックスによって,経験の蓄積が必ずしもルーティーンの変化,すなわち組織学習をもたらさないことが明らかになった。具体的には,「ほぼ同じ経験バイアス」という,他者がある失敗経験をしても,自らがそれと同じではないが,ほぼ同じような経験を行った場合,その他者の失敗に対する傾注が弱くなるために代理学習が発生しないことを示すことができた。 本年度はこれらを踏まえ,さらに組織と企業の意思決定を社会・行動科学アプローチから解明することに尽力した。1つは,米国の証券アナリストが出す収益予想に関するデータを用いた研究プロジェクトである。ここでは,アナリストが2つ以上の共通の銘柄を担当したときに発生するコンタクトに着目し,多ポイント・コンタクトが大胆な予想(穴予想)につながるメカニズムを明らかにしようとしている。もう1つは,組織間ネットワークにおける認知的資源の役割を,マッチングのよい提携先の探索という観点から明らかにしようとしている。これらのいずれの研究でも,構造的アプローチによる組織分析の中に,認知的限界や認知的資源という考えを投入し,これにより,構造的アプローチが非明示的に前提とする全知全能なるマネージャー像を緩和させた理論構築を行っている。
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