昨年度(2009年度)までの調査研究で明らかになった点のひとつは、「情報化社会・グローバル社会が進展するなかで、企業と個人の関係が大きく変化しているものの、その関係を律するシステムおよび規範は法規範も含めて、その変化に対応できておらず、効果的に働いているとは言えない」ということであった。本年度(2010年過年度)の調査研究は、(昨年11月から開始したため現在さらに発展させて継続中であるが)、これまでの課題、「効果的に働いているとは言えない状況」、に対しどのように対処していくかであった。具体的には国際比較調査として、イギリスACASとの比較調査を行った。わが国と大きく異なる点は、イギリスでは日本とは違い、企業内での調整で社会的ルールが事前に明確に文書化(codes of practice)されている点である。すなわち、わが国では、法律(労働法など)による規範があるもののイギリスに比べて企業内での調整を促進する実践的個々の規範が弱く、職場の紛争の未然防止あるいは早期解決するためのルールの明示が不十分である。そのため企業と個人間の効率的でない調整しか行なえず、組織均衡が達成されにくい状況となっている。この点イギリスでは、企業内での調整に際し、disciplinary and grievance procedure、が重要な意味をもっている。特に、わが国のように、研究者技術者を特別のカテゴリーとして人事管理するのではなく、労働法上も一般労働者と区別せずその規律が労働協約や就業規則等に依るとされ、特許法においても研究者技術者の発明対価の決定方法・プロセスは、労働法上の労働協約や就業規則により規律されるため、企業内での規範形成と調整は労働協約や就業規則そして労働法の一般原則により律される。しかし、前述のような調整を促進するルール・規範は弱く、イギリスのように具体的な実践指針が用意されてその指針の企業内での実践状況が雇用審判所で重視されるという効果的な社会システムは準備されていない。今回のイギリスとの比較調査の実践において、資料的にもイギリスのシステムが効果的であることを明確化することができた。この点についての成果は、7月開催予定の仲裁・ADR法学会(於、神戸大学)で発表の予定である。 また、研究者技術者の基礎的な労働市場での位置づけをEUとの比較で把握するための研究を行った。現在、ポスドクなど期限付き契約で研究者技術者を雇用する仕組みが、企業やその他研究教育機関で採られることも多い。そのような仕組みが採られている背景には多くの理由があるが、特に企業サイドにおける理由のひとつが、常用雇用における賃金が実績主義になったとは言ってもやはり定昇的賃金要素が強い中、その秩序も維持し一方では優秀な研究者技術者を高給で遇したいとの考えを実現する手段として期限付き労働契約を利用するといった理由がある。しかし、今回の調査から、働く側が雇用の安定を重視するため、わが国の雇用慣行(常勤雇用が厚く処遇される状況)では、期限付きの雇用契約は必ずしも多くが有利な雇用条件であるとは考えない傾向が強い。こうした状況は、本年度の研究成果である『非典型労働制度のわが国の課題:UK、オランダ、スペインからの示唆』でも指摘したが、雇用形態に関係なく処遇されるシステムの整備が研究者技術者にとっても必要で、国際的にも妥当性を持ち支持される雇用関係整備がまずもって必要と考える。
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