研究概要 |
本研究課題では,(1)行動様式が可変的で,(2)ソーシャルメディア等を通して相互依存的な消費者に対して,(3)必ずしも情報が完備されていない状況下でのCRMのあり方を,エージェントベース・モデリングを通じて探求することが目的である。(1)と(2)の側面を持つ顧客行動について,昨年度は新製品の普及とクチコミの相互作用を対象としたエージェントベースモデルを構築し,(3)の要請に応えるべく部分的に実データを用いる研究を行った。その成果に基づく論文が『マーケティング・サイエンス』に査読の結果採択され,掲載された。 その後このモデルを,負のクチコミ,購買意思決定の遅れ(購買を伴わない選好形成),忘却といった消費者行動の諸側面を考慮して拡張し,シミュレーションでその性質を解析した。その結果について昨年,SICE Annual Conference 2011,日本マーケティング・サイエンス学会第90回研究大会といった学会で発表した。 一方,実データを用いた経験的な研究としては,コンテンツ販売企業のオフライン/オンライン双方の顧客データベースの分析を行った。こうした財ではいわゆるロングテール現象(アイテム別売上分布がベキ分布する現象)が観察されてきたが,それらを創発させるミクロの消費者行動のメカニズムを探ることが重要になる。現時点での研究の成果はAnnual Workshop on Economic Heterogeneous Interacting Agents 2011(ESHIA/WEHIA2011),日本ダイレクトマーケティング学会第10回全国研究発表大会,2011年度京都大学基研研究会・経済物理学2011で発表するとともに,その理論的な解説を『50のキーワードで読み解く経済学教室』(青木正直,有賀裕二,吉川洋,青山秀明監修)所収の「ロングテール・ビジネスモデル:アマゾン成功の秘密」に寄稿した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の最終年度にあたり,特に顧客データベースに立脚した,(1)行動様式が可変的で,(2)ソーシャルメディア等を通して相互依存的な消費者に対して,(3)必ずしも情報が完備されていない状況下でのCRMのあり方を探るためのエージェントベース・モデリングの完成を目指す。第一に(1)(2)を考慮したクチコミと新製品採用(CRM的には新規顧客獲得)について過去2年間に実施したモデル研究の集大成を行う。具体的には,消費者間のネットワークが様々なパタンに従い,正と負のクチコミが存在し,消費者に選好形成から行動への遅れがあり,また忘却があるというより現実的な状況で生じる結果の違いを整理する。第二に,昨年度行ったある企業の顧客データベースを用いた経験的な研究を,さらにエージェントベースモデルとして発展させる。マクロ的に観察されるロングテール現象の基礎には,顧客の多様性追求行動があるが,それが時間とともにどう発展するか,顧客ロイヤルティとどう関係するかを把握し,多様な品揃えを通じて顧客維持を図るCRM戦略について示唆を得ることを目指す。第三に,冒頭の(3)で述べた顧客間の関係が完全には観察されていない場合への対応として,最近入手したアフィリエイト広告の調査データを活用し,見えない関係を仮想的に構成する方法論の研究を進める。
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