本年度では、第1に両者の乖離を複式簿記とクリーンサープラス関係の観点から計算構造的に分析した。第2に、報告利益と課税所得の質に関する実証分析に年度データを追加して再検証した。第3に、制度的・実際的乖離に直面する会計実務家の思考を分析した。この分析の結果、制度的・実際的乖離にもかかわらず、実務家の意識の中では、未だに両者は本来一致すべきであるとの思考が根強く残っていることが明らかになった。そこで、このような思考が形成されるに至った経緯を歴史的に分析した。 以上の補強を通じて、本研究全体の成果を出版した。そこでは、「研究計画調書」の「研究目的」において示した「研究の到達水準」のうち、制度変更が報告利益と課税所得のそれぞれの質に及ぼした影響として、持続性に関しては報告利益と課税所得の両方について有意な変化は見られなかった。ただし、業績の良い企業については、報告利益のほうが課税所得よりも持続性が高い半面、業績の悪い企業の報告利益の持続性は業績の良い企業よりも低いことが観察された。また、変動性については、業績の良い企業においては報告利益も課税所得もともに変動性が低下しており、特に報告利益の変動性が低いのに対して、業績の悪い企業では報告利益の変動性が上昇しつつあることが観察された。さらに、保守主義については、課税所得計算よりも財務会計のほうがより保守的ではあるけれども、しかし課税所得計算においてもなお保守主義的傾向が残っていることがわかった。 これらの結果は、「研究の到達水準」で示した制度の目的・理念にとって望ましいか否かという問題提起に対して、必ずしも制度改正の趣旨が現実には達成されていないことを示唆する。
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