本年度の研究は比較的一般的な公正性の分析と具体的な格差問題との2点からなっている。等依存原理に基づく公正性の骨子は、人びとの協働によって共通の利益が生まれることと、その利益がどのように分配されるかということとにかかっている。共通の利益の生じないゼロ・サム的な状況では、公正性の概念は当てはまらない。また、共通の利益が生まれたとしても、それが不公正に分配されるならば、個々人にとっての協働のメリットはない。この観点から、一般的な「社会の共同性」の条件を考察し、その成果の一部は共編著『公共社会学』2巻に活かされている。この公正性の理念は次の点で経済学的な効率性の理念と異なっている。すなわち、後者は各主体の初期資源量と所与の生産関数とに規定されたパレート・フロントであるのに対して、公正性の理念は、現状の協働のしくみもしくは協働の欠如と比較して、新しい協働のしくみが持つべき条件を定めるものである。この公正性の観点はとくに、高齢化に直面する社会保障制度のありかたについての分析に適用できる。ここでは主として、世代、職業、および性によって分けられたクラスが存在するが、現状では現役世代と退職世代との間の所得の奪い合いのようにゼロ・サム的な状況がみられる。どのようにすれば、社会保障制度が共通の利益を生み出しまた利益が異なるクラス間で公正に分配されるかが、社会保障制度の再構築の基本条件となる。本研究ではまた、実証的に高齢者の間での所得格差の実態を分析した。その結果は公正性の観点からは非常に不満足なもので、現時点での高齢者の間では、現役時代の境遇の運・不運がそのままないしより強く高齢期の境遇に反映しており、現役時代に恵まれないクラスにとって、高齢期社会保障のメリットが感じられない。そうした点で、公正性から大きく逸脱しているといえる。
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