戦前期日本における若年就労の困難さ,および,若年俸給生活者(若年サラリーマン)の生活難(そして転職希望の増加)について,当時の諸雑誌の記事をもとに以下の諸点を考察した。1.社会的・経済的背景としては,大正7年に生じた米騒動以降の物価騰貴と給与増加が見込めない状況とが,いわゆる中下層俸給生活者の生活の困難化,および,現在の職業からの離脱傾向につながったという論点が主流である。2.当時の財界人のなかでは,若年層の転職希望者の増加傾向に対しては彼らの「自尊自重」のなさを問題視する「若者堕落説」が主流である。3.当時の労働問題は,大正8年の国際労働会議でクローズアップされた労働環境の国際標準化というグローバルな動きと深いつながりがある。同会議で日本の実業家代表が日本労働界特殊論にもとづき8時間労働を標準とする条約を批准しなかったことに対して,実業家(財界人)批判が巻き起こった。4.実業家批判と並行して(あるいはそれを契機として),資本家階級・中流階級・労働者階級といった3区分で階層状況を捉えて経済格差を問題化する言説が著しく増加した。5.以上の諸点の総合として,大正期半ばから昭和初期の日本社会においては,エリートの典型と目されていた実業家・資本家への批判が激化し,資本家・労働者(なかでもその若年層)が,利害の交わらない二つの階級として捉えられはじめた。とくに,労働環境の国際標準と日本の労働文化との衝突が階層間の経済格差を問題視する思潮を強化した点は重要である。
|