人間による顔知覚のしくみを解明するため、顔錯視と知覚学習の両方の観点から実験を行なった。まず、錯視研究の方法を顔知覚に応用した実験研究を複数行った。研究1では「髪型により顔が小さく見える」という髪型の小顔効果を実験で測定した。顔の側面の輪郭が髪で部分的に遮蔽される場合、いわゆるアモーダル補完が生じるが、補完が顔幅縮小の方向にずれることが実証された。しかも、この効果は顔のパーツの配置が幅広いほど顕著に生じた。このことから、顔の輪郭が髪で部分的に遮蔽される場合に、人間の知覚システムはデフォールトとして平均的な顔立ちを想定していることが示唆された。研究2では、倒立した顔を観察する場合、太った顔がやや痩せて見えるというFat Face Thin錯視のメカニズムを検討した。その結果、痩せた顔を倒立させると逆にやや太めに見えるというThin Face Fat錯視も存在することを発見した。照明方向をも変えた顔刺激を用いた実験結果と合わせると、倒立顔では顔の正確な形がわかりにくいためデフォールトとしての平均的な顔立ちに近づいて見えるという要因と、照明が上方から当たるという暗黙の知覚仮説の要因とが、これらの錯視を起こしていることが判明した。研究3では、化粧(アイ・メイク)をほどこした顔において、目の領域が実際よりどのくらい大きく見えるかを、観察距離を長めにして(3m)測定した結果、目の大きさ錯視は観察距離が1mの場合よりむしろ小さくなった。これは俗に言う美人に見える条件「夜目、遠目、傘の内」という俗説に反する。さらなる検証が必要であろう。さらに研究4では知覚学習の観点から、顔を用いた単純接触効果が、学習済みの顔の平均顔にも般化するかどうかを検討した。その結果、学習時の提示時間が長い(1秒)と般化しないが、短い(100ms)と般化することが実証された。
|