軽度断眠下において睡眠のホメオスタシス調節の可能性は学術的にも臨床的にも重要である。不眠等の緩和をめざす睡眠制限法(認知行動療法)を拠り所に軽度断眠の実験計画を策定し,睡眠困難の軽減に関する心理行動学的検討およびホメオスタシス調節の脳波学的分析を重ねてきた。 今年度はデータを整理点検し統計学的な検討を加えて学会等で発表報告した。就床時刻を通常より2時間遅らせた軽度断眠後の入眠1~2時間に脳波δ帯域(1~4Hz)パワは有意に増強し,睡眠周期の経過に伴い単調な減少傾向を示すことが統計的に判明した。これまでの成績を考え合わせると,ホメオスタシス調節は就床時刻を1~3時間遅延する操作で十分に駆動されると言えそうである。なお,そうした有意な統計像のなかにノンレム睡眠時の脳波δ帯域パワが一貫して減少しない事例があり,ホメオスタシス調節の多様性(個人差)という新たな問題が生じている。入眠直後に顕著に生じる脳波δ帯域パワの増強について,その増強への寄与がもっとも大きい周波数は1Hzで,以下2Hz,3Hzの順に小さくなる階層性が見い出された。推論の域を出ないが,睡眠時に生じる1Hz前後の徐波活動は大脳皮質ニューロン回路の再編や最適化に関与するという知見と関連するかもしれない。 睡眠制限の介入に伴って形成される睡眠困難の改善を行動学的に検討するために,睡眠覚醒のサーカディアンリズムの定量的な評価を行った。睡眠日誌と平行して,アクチグラフで連続計測した終日の活動量データの自己相関分析(分析長10080分,time lag=2400分)を行い,介入前と介入中で比較検討した。その結果,介入中に睡眠効率が上昇するとともに,睡眠覚醒のサーカディアン周期の約24時間への収束,リズム振幅の増加(リズムの安定化)が有意であることを統計的に認めた。アクチグラムの自己相関分析は睡眠改善の定量的評価の可能性を示唆した。
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