最終年度はシミュレーション実験を行い,日本語の読解における文字から意味を直接計算する処理過程(文字→意味)と,文字から音韻を介して意味を計算する処理過程(文字→音韻→意味)の役割分担について検討した. シミュレーション・モデルは,文字形態,音韻形態,意味の三つの各表象を双方的に計算することにより,様々な語彙処理過程を実現する.学習語は,漢字二文字語:224語と仮名四文字語:224語の計448語である.これらは実際の単語ではなく,文字→音韻の一貫性(漢字語より仮名語で一貫性が高い),文字→意味の一貫性(仮名語より漢字語で一貫性が高い),心像性(漢字語は抽象語,仮名語は具象語が多い)に起因する両表記の特徴を反映させ,各語の文字,音韻,意味を表現した.モデルは448語に対し,i) 復唱:音韻→音韻,意味理解:意味→意味,ii) 呼称:意味→音韻,語義理解:音韻→意味,iii) 音読:文字→(意味)→音韻,読解:文字→(音韻)→意味の6課題をこの順で学習した. 学習終了時の課題別正答率は,復唱:100.00%,意味理解:87.50%,呼称:87.11%,語義理解:76.95%,音読:90.82%,読解:65.63%であった.学習後に正しく読解できた語に関して,文字→意味と文字→音韻→意味の各処理過程を孤立させて意味を計算し,その際の誤差値から両処理の寄与率を算出した.その結果,漢字語全般における両処理の寄与率に差は認められなかったが,文字→意味の一貫性が高い漢字語の意味計算では,直接計算過程の寄与が高く(文字→意味:53.82% vs. 文字→音韻→意味:46.18%),仮名語の意味計算では,音韻媒介過程の寄与が高かった(文字→意味:46.83% vs. 文字→音韻→意味:53.17%).本結果は,日本語の読解における意味の計算過程の役割分担が,表記によって異なる可能性を示唆する.
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