今年度の研究業績は、基本的に年度当初に計画した研究計画に従って、研究をすすめてきた結果、まとめられたものである。とくに、「初等教育施策を中心としてみた1885年の文部省」では、小学校理科が誕生した1885(明治18)年における文部省初等教育施策の変遷を考察した。この論文において、当時の森有礼の初等教育施策への関与について重要な示唆が得られたと考えられる。これまで研究において、文部大臣に就任する前、つまり文部省御用掛時代の森の文部省施策への関与については、文部卿である大木喬任とともに積極的に関与したとするものと、「蚊帳の外」に身をおき外様的身分で「高みの見物」的であったとするものという、ふたつの対立する見解が存在している。この論文では、小学教場という小学校令の下で小学簡易科として引き継がれる授業料を徴収しない初等教育機関の設置、尋常・高等という二段階の小学校構成、一郡一区にひとつの高等小学校を設置してその他は尋常小学校とする学区構成など、初等教育施策の各所に森の小学校構想が実現していることを明らかにした。したがって、今回の論文は、少なくとも初等教育においては、森有礼についての対立するふたつの立場のうち、前者の立場を強く支持するものとして位置付くことになる。 さらに、論文にまとめるまでには至らなかったけれども、何度かの調査出張によって、理科誕生当時の実業教育や理科を生みだした小学校条例取調委員に関する資料収集をすすめることができた。
|