本年度は、マレーシアのコタバルの伝統音楽と、イラクの伝統音楽ウードの学習方法を調査した。コタバルの伝統音楽に関しては、コタバル市の中学校と大学の音楽の授業の事例を観察した。また、イラクの伝統音楽に関しては、ロンドンのタクシーム音楽院において、イラク人ウード奏者に学習方法について聴き取り調査等を行った。両方の事例とも、伝統音楽が学校というフォーマルな場所においてどのように教えられているのかという点に注目して調査を行った。 コタバルの中学校では、伝統的な影絵音楽や舞踏音楽が音楽の正規授業の中で行われており、すべての学年において段階的にこれらの音楽を学習していた。伝統音楽は、コタバルにおいても、地元のコミュニティの中で学習する機会は少なくなっており、音楽の授業で初めて伝統的な影絵音楽や舞踏音楽に接する生徒も多くみられた。しかし、授業実践では、教師によるさまざまな工夫がほどこされており、ほとんどの生徒が着実に技能を獲得していた。特に、音高やリズズを記憶していく方法において、担当教員独自の口承法(唱歌)が開発されており、この方法が複雑な伝統音楽の音型やリズムを素早く記憶することに効果的にはたらいていた。 イラクの伝統音楽については、学習方法において、音楽院独自の学習メソードが開発されていることがわかった。イラクの音楽においては、さまざまなタクシーム(音階のようなもの)を基本として音楽を作っていくが、曲の途中でタクシームがさまざまに転調して用いられることが多く、絶対音高で音高を知覚していく必要性がある。こうしたことから、タクシーム音楽院のメソードでは、旋律の学習に関して、西洋の5線譜を基本とした記譜法が効果的にもちいられていた。イラクの音楽には、西洋の記譜法では表せない音程などが存在するが、西洋の記譜法をアレンジして、イラク音楽を5線譜によって学習する巧みな方法が開発されていた。
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