本研究は、戦後小学校国語科教科書の採録教材を通して具体化された教育内容の史的変容を考究する国語教科書史研究の一環として、伝記を代表ジャンルとするノンフィクション教材を対象とした教材史研究を行うものである。具体的には、教材を通して学習者に育成しようとした国語学力の史的変容の解明、教材を通して学習者に提示された規範的人間像の史的変容の解明の二点を解明することを目的とする。平成22年度は、基礎作業として小学校国語科教材データベースの整備を進めるともに、教科書研究史に基づく本研究の観点・方法の理論化、教科書に採録された代表的被伝者を対象とする規範的人間像の分析を行った。小学校国語科教材データベースについては、各教科書ごとに、単元・教材・作者(筆者)・採録年度・該当ページ・ジャンルを項目として一覧を作成した。研究の観点・方法の理論化については、国語科教科書のアンソロジーの側面、カリキュラムの側面、規範性に着目し、それぞれ、量的分析による教材の分布、手引きや指導書の記述の分析に基づく教育内容とモデルカリキュラムの変容の解明、教材の記述等の内容分析と社会的要因が教材採録に及ぼす影響の析出を、国語科教科書史研究の目標として設定した。さらに、代表的被伝者である福沢諭吉・田中正造について分析を進めた。福沢諭吉については、家族愛、思想形成における両親の影響、少年期の人間形成、向学心、科学的・合理的な思考、近代社会の実現のための努力、平等・博愛といった思想、目的を達成するための継続的努力、外的困難に負けない信念等が、教材の記述内容に表れた規範的人物像として指摘できた。また、田中正造については、同時代の課題として「公害」をふまえた題材が教科書に要請されたこと、規範的人間像としては、他人のために我が身を捨てる「義人」像が主題化され、強い規範力をもつことを析出した。
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