本研究は、戦後小学校国語科教科書で設定された教育内容の史的変容を考究する国語教科書史研究の一環として、伝記を代表ジャンルとするノンフィクション教材を対象とした教材史研究を行うものである。具体的には、教材を通して学習者に育成しようとした国語学力の史的変容の解明、教材を通して学習者に提示された規範的人間像の史的変容の解明の二点を解明することを目的とする。 平成24年度は、ノンフィクション教材に付された「学習の手引き」、および指導書の記述の収集・分析を継続して実施した。また、戦後小学校教科書の代表的被伝者である福沢諭吉をモデルとして、学習内容として設定された規範的人間像の変容と、そうした変容と時代状況との関連を検討した。規範的人間像の検討に際しては、教材の典拠となるテクストを探り、採録逸話、記述・表現などが教材化に際して典拠テキストからどのように改変されたか、そうした改変の意図はどのようなものかを考察する方法論が有効である。そこで、『福翁自伝』と教材との比較検討を行い、福沢諭吉に体現されている規範性として、勤労と孝行の重要性、両親の影響の大きさと大切さ、向学心、科学的・合理的思考、平等・博愛思想、強い信念と不屈の精神、進取の気性等があることを指摘した。こうした規範性を時代状況と照らして検討した結果、福沢諭吉は、高度成長期以前は民主主義国家の建設を目指す考え方や人間性のモデルとして、高度成長期には世界に進出しようとする日本人の気概の象徴として採録され、公害に代表される近代化の問題が顕現化するにつれて教科書から退場したことを明らかになった。
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