今年度の研究実績は主に3つの分野に及ぶ。 フランスの義務教育課程で求められる国語リテラシーが,共通基礎知識・技能の総体の中で占める位置について考察した。共通基礎知識・技能とは,社会生活を送る上で不可欠で,義務教育課程修了時に全生徒が修得すべき知識・技能の総体を指す。フランスの国語教育は,文学の学習に大きな重要性を付与してきたとされるが,この伝統の実態を義務教育課程おいて求められる基礎学力との関連において検証したのである。具体的には共通基礎知識・技能の中で,人文学的教養がどのように定義,位置づけられているのか分析した。結果として,人文学的教養の内容が1960年以降大きく変化したことが明らかとなった。この時期以降,人文学的教養は現代社会を理解するための,語学,文学,歴史,地理の知識および,古典を含む多様な文学,芸術,映画作品についての知識をカバーする幅広い知識・教養を指すようになったのである。そして,現代的な意味での人文学教養においても,言語に習熟し,多数の文学作品に接し,解釈することが重視されていることが確認できた。フランスにおいては,文学教育は現代の学校社会においてもなお重要な位置を占めつづけているのである。 特に初等教育の分野では,フランスの小学校教育に求められる国語リテラシーを具体的に考察すべく,2010年には小学校第2学年および,第5学年(小学校最終学年)を対象に実施された,全国小学校学力テストの国語にかんする問題を全訳した。第2学年ではフィクション=物語が中心だが,第5学年ではフィクションと資料文がバランスよく設定されている。中等教育における国語教育のコーパスは文学作品にほぼ限定されるのが一般的であるだけに,これは意外な結果であった。 さらに,今日の国語教育を歴史的なコンテクストから考察する準備として,1938年のコレージュ国語カリキュラムの分析を行った。
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