研究概要 |
本研究遂行中に力学系に関する関数解析的な考察の重要性を認識するに至り、研究期間後半は主力を力学系および群作用に付随する関数空間についての考察にあてることとなった。エルゴード理論において保測力学系が誘導する二乗可積分関数のなすヒルベルト空間上の合成作用素のスペクトルが重要な役割を果たしている。この事実に着想を得て,位相力学系が誘導する連続関数環上の荷重合成作用素を考察した。荷重の選び方によって離散スペクトル, すなわち固有値,の存在・非存在が決まる。そこで固有値を持つような荷重で絶対値が1であるようなものの全体は,自然な演算によって可換群をなす。この可換群は相空間の1次元整数係数チェエクコホモロジー群への自然な準同型を許容し,その像を力学系が誘導する準同型によって明示的に記述することが出来る。更に十分一般的な力学系に対して,準同型の核を力学系の実コサイクルによって記述することが出来る。実コサイクルは力学系のエルゴード理論的性質を反映しているものであるから,得られた可換群は(i)準同型の像として力学系の位相力学系的側面を(ii) 準同型の核としてエルゴード理論的側面を記述しているとみなすことができる。上述の可換群は連続関数環の幾何学的トポロジーの研究によって得られた視点をもって初めて定義できたものである。さらにこの結果をコンパクト距離空間上の離散群作用に拡張することが出来た。群作用に付随する可換群を群のコサイクルの部分群として定義し,群のコバウンダリーへの全射準同型を得て、その核を群のコバウンダリーによって明示的に記述した。ただしここでのコバウンダリーの係数は連続関数環を係数とするものである。この結果を捩じれの無いGromov双曲群のその理想境界への作用に応用し、上述の可換群の明示的な表示を得た。この結果は連続関数環の代数構造を群作用を込めて理解することの重要性を示唆している。
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