研究概要 |
人口学、疫学における基本再生産数の概念は、ホスト個体群の動態率や感染率が時間に依存しない自律系の方程式にもとづいて定式化されてきた。一方、感染症の伝達率や媒介生物の個体群動態などには明確な季節性、周期性が存在する場合が少なくない。そうした変動環境における感染症流行ないし個体群成長の閾値条件を与えるような、基本再生産数概念の拡張が、これまでHeesterbeek and Roberts, Bacaer, Thieme, Wang and Zhao等の著者によって提案されてきた。本研究では、周期系を超えて、まったく一般的な変動環境における構造化個体群の基本再生産数と内的成長率の定義を提案した。この新定義においては基本再生産数は世代生成作用素によって作り出される新生児の世代分布のサイズの漸近的な幾何学的成長率として定義され、定常環境と周期的環境においては次世代作用素のスペクトル半径に一致することが示される。このことによって周期的環境におけるBacaerによる基本再生産数の定義が、世代解釈を許すことが示され、新定義がこれまでの定義の一般化であることがわかる。さらに一般の変動環境における内的成長率の定義を提案し、それが基本再生産数が正であれば非負であり、基本再生産数が負であれば非正であるという意味で弱い閾値性をもつことを示した。これらの新概念は、構造化個体群の線形モデルにおける成長特性の普遍的、本質的側面を示すものであり、理論モデルに対する統一的視点を与えるとともに、感染症モデルに見られるような変動環境における個体群ダイナミクスの制御という応用研究の基礎となるであろう。
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