研究概要 |
1. 研究分担者とともに近世日本数学における円理に関する画期的著作である建部賢弘の『綴術算経』の詳細な検討に基づき,研究成果としてその英訳を完成させた.英訳には海外への研究者へのアピールという意義ももちろんあるが,同時にこれまでともすれば同じ日本語ということで曖昧なままになっていた読解箇所を明確にするという意義もある. 2. 至誠賛化流では文化5年から文政11年までおよそ21年間に学板に問題を提示した者が延べ158名あり,それらの問題は『淇澳集』として毎年まとめられている.本年度はこの『淇澳集』の解読を始めることとした.ここに集められた問題は流派の威信を表現するのにふさわしい,当初想定したよりも難易度の高いものであり,おそらくはその年の最も優れたものを集めたものと思われる.解答部分には当時の門人が閲覧したと思われる書物に記された結果も含まれている.流派におけるこのような問題あるいは解法の系統研究はこれまでなく,その点でひとつの研究分野の可能性を予感させるものである.また,問題における図形の自然さ・率直さと解答に要する計算量を考え合わせると,経験的に当流における一定の美意識を感じることができる.しかしながらそれを学術研究としてどのように表現するべきか,という点については新たな研究課題が提起された形となった.当時の数学文化,数学観を理解するためにもこれは考察する意義を有する問題である. 3. 『大成算経』における不尽の畸,零への分類について考察し,本書のこの部分の主要な関心事が計算上の数値の処理法にあり,畸,零の別はそのための簡単な用語の定義にすぎないことを明らかにした.このことは近世日本数学が静的な分類よりも,動的な計算技法を重要視していたことを示しており,近世日本数学の方法論の特質の一端を表していると言えよう.
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