常圧にて、SrTiO3の40K以下の状態は、量子ゆらぎが支配する特異な状態、すなわち量子常誘電状態である。この状態に限って、ブロード・ダブレット(BD)という光散乱ピークが出現することが報告されている。このピークは最低周波数の横波音響モードよりも低い周波数を持つことから分かるように、BDは通常の物質では決して存在し得ない励起ピークであり、量子常誘電状態だけに現れる新素励起かも知れないと大いに興味が持たれて来た。 BDの物理的起源として、フォノンの粗密波、すなわち第二音波であるという説と、量子常誘電状態に島状に存在すると予想されている強誘電領域を伝搬する不完全にソフト化した横波音響モードであるという我々が提唱している説がある。これまで行われて来た光散乱実験は、すべて常圧下での実験ばかりで、このままでは、どちらの説が正しいのか決着がつかない。そこで、一軸性圧力下での光散乱実験を行うこととした。ところで、SrTiO3に一軸性圧力を印可してゆくと、臨界圧力以上で量子強誘電状態となることが知られている。我々は、臨界圧力以上の圧力下(温度16.5Kで12.3±1 kgf/mm2)で、BDの偏光特性に異方性があることを発見した。もし、BDが第二音波であれば、その偏光特性は等方的なので、BDの物理的起源は第二音波でないと結論づけた。 さらに、我々は、BDの偏光特性の異方性と横波音響モードのものが、ほぼ一致することから、次のように結論した。1.SrTiO3は不均一状態であり、正方晶の常誘電状態にある母体の中に、島状に単斜晶の強誘電体状態の領域(100nm程度の大きさ)が存在する。2.通常観測される横波音響モードは母体を伝搬するモードであるが、BDは誘電体状態の領域を伝搬する横波音響モードである。これで、BDの発見以来続いて来た論争に終止符を打つことができたという意味で、大きな成果といえる。
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