研究概要 |
遷移金属での3s内殻励起光電子放出分光スペクトルの第一原理計算に基づく研究の一部が22年交付申請の少し前に完了することができた(Phys.Rev.B81,035118(2010))ので、その結果を踏まえ、以下の2点の研究を進めた。まず、3sスペクトルの第一原理計算を遷移金属化合物に応用できるか、その信頼性はどの程度か、スペクトルに化合物としての特徴がどのように現れるのかをホイスラー合金を例に検討した。その結果、概ね実験スペクトルを第一原理的に再現できることが分かりスペクトル形状の由来についてかなり理解が進んだが、電子物性との対応をつけるためにはまだ検討すべき課題が分かった。特にホイスラーハンプと言われているサテライト構造を説明することが課題である。一方、遷移金属の2p内殻光電子分光スペクトルに同様の手法が有効かどうかの検討も行った。その結果、単体の遷移金属の範囲内ではあるが、2p軌道の自由度を考慮しなくても、実験スペクトルのサテライト構造の元素依存性を良く再現できることが分かった。特にNiでは顕著なサテライト構造が現れるのに対し、Feでは比較的鋭いシングルピークになることを、先見的なパラメータを与えること無しに再現できることは注目に値すると思われる。これらの結果は、局所密度汎関数近似に基づく理論計算であっても、終状態ポテンシャルルールを前提とすることで第一原理的にスペクトルの元素依存性、光電子スピン依存性、励起内殻(3s,2p)依存性を、統一的に理解できることを示唆している。さらに、スペクトルの構造と遷移金属サイトの磁気モーメントを結びつける手がかりを得ることができると考えられる。将来、局所密度汎関数近似を超える近似を取り入れた第一原理計算が容易に使えるようになれば、我々の提案する手法を用いて金属に関する光電子分光の理解が飛躍的に進むと思われる。
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