研究課題/領域番号 |
22540388
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
西野 友年 神戸大学, 理学(系)研究科(研究院), 准教授 (00241563)
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キーワード | テンソル積状態 / DMRG / 繰り込み群 / 双曲変形 / エンタングルメント / 境界条件 / 正弦2乗変形 / 変分計算 |
研究概要 |
エネルギースケールが双曲的に変化する「双曲変形された1次元量子系」において、基底状態が一様な行列積状態で記述されることは、これまでにS=1/2量子ハイゼンベルグ鎖などの1次元スピン系を中心とした解析を通じて数値的に確認して来た。一方で励起状態については、準粒子が系の中央付近に束縛される現象が、自由フェルミ系に対する試験的な数値解析を通じて確認されている。この束縛状態の幅と、準粒子の運動エネルギー期待値の間には、量子力学的な不確定性関係が成立しているはずである。この推察をもとに、双曲変形の強さを記述するパラメターλと、準粒子励起エネルギーεの間に成立するスケーリング関係を、密度行列繰り込み群を用いた数値計算により解析した。計算対象としては、系のサイズが無限大の熱力学極限でハルデインGAPを持つS=1量子ハイゼンベルグ鎖を選んだ。その結果、双曲変形された有限長の系の第一励起エネルギーから、ギャップ相当分のエネルギーεを差し引いたものが「励起準粒子が持つ運動エネルギー」と解釈可能で、またその値は予想どおり準粒子分布の幅ΔXに起因する運動量の不確定性ΔPから予測されるものと一致していた。更に、このスケーリング関係を逆に利用すれば、励起GAPの大きさが不明である1次元量子系に対して、εを精密に推定できることが判明した。また、この数値的推定の過程として、システムサイズLと双曲変形の強度λを用いた2パラメター・スケーリングが有用であることが判明した。エネルギースケールが正弦的に変化する「正弦変形された1次元量子系」については、境界の存在による基底エネルギーの増分が、自由フェルミ系に対してはほぼ消失することが数値的に確かめられて来た。相互作用が存在する場合にも、同様に境界効果が消失することを、試験的ではあるが密度行列繰り込み群を用いて数値的に確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
双曲変形された1次元量子系について、基底状態が一様であるという予測は、数値的にではあるが幾つかの事例を通じて確認することができた。また、変形のパラメターλが何らかの意味で長さ(の逆数)の次元を系に持ち込み、双曲変形が存在しない場合にGAPが0である臨界系も、双曲変形の下においては非臨界な振る舞いを示すことがわかって来た。これらの性質は、1次元量子系と2次元古典系の間で成立する、いわゆる量子・古典対応を通じて予測されたものであった。双曲変形された1次元量子系に対応する2次元古典系の候補としては、双曲平面上の規則格子である双曲格子上で定義された、イジング模型などの古典統計モデルを挙げることができる。これら双曲古典系では秩序・無秩序相転移が相関関数ξの発散を伴わずに起きることが前年度までの予備的な計算により既に判明しており、テンソル積状態の観点より転送行列の最大固有ベクトルが、熱力学極限では一様な行列積で表現されることも言える。現象論的に、同じ振る舞いが「双曲的なスケール変形」の下で量子系にも古典系にも見られたことは、双曲変形が量子・古典をまたぐ一般的な概念であることの傍証であると言って良いであろう。しかしながら、いまだ解析的には量子・古典を接続する双曲変形の理論体系が完成しておらず、更なる研究の推進が必要である。他方、正弦変形された1次元量子系については、自由フェルミ系の場合のみではあるが、その基底状態が「周期境界条件の下での同じ長さの系」と完全に一致することが、解析的にも証明された。より一般的に、相互作用が存在する場合については、両者の一致はまだ未解決である。
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今後の研究の推進方策 |
まず、双曲変形の下での「量子・古典対応」について、鈴木・トロッター公式を用いた定式化が可能であるか、引き続き考察して行きたい。同分割を用いるには、双曲空間に明示的な「縦と横の区別」を持ち込み、1軸異方性極限を取る必要がある。双曲面上のランダムな三角分割を考えるならば、このような異方性を持たせることは形式てに可能であるが、鈴木・トロッター公式を適用するには双曲面上に向き付け可能な規則格子を導入しなければならない。こ困難について、初等幾何学的な考察を行うことにより、解決方法を探って行きたい。他方、正弦変形の背景については、どのような幾何学に基づいて量子・古典対応が成立してるのか、その根本から全く理解が進んでいない。周期境界条件が課された1次元量子系のカレント演算子が正弦変形と関係している可能性があり、まずその数値的・解析的な検証を行って行きたい。ところで、双曲変形・正弦変形の双方ともに、より高い次元の系に拡張が可能な概念である。2次元自由フェルミ系についての予備的な数値計算を通じ、高次元系での双曲・正弦変形の実現と、その影響について今後調べて行きたい。いま一つの研究推進方向として、1次元量子系を伝播する励起波束の運動を精密に長時間追跡する「動的窓」の手法を用い、双曲変形の下での準粒子束縛に起因する原点周囲での調和的な振動や、正弦変形の下での「境界による波束の吸収」などを解析し、波束の動的なコントロールを行うことも視野に入れた、実時間形式の密度行列繰り込み群解析を行って行く予定である。
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