多体量子系の制御へ向け、引き続き限定アクセス下でのハミルトニアン推定の問題に注力した。まず、これまでに得たスピンネットワークに対する同種の問題を、外界との相互作用が存在する状況下でいかに扱うかを考察した。スピンネットワークの「端部」のみへのアクセス(状態準備、観測)により全系のハミルトニアンを同定する"gateway scheme"では、端部から注入した「信号」が系内を伝播して端部へ戻る様子を観測してすべてのスピン間結合係数を求める。しかし、外界との相互作用がある場合、この信号が外界へ逃げてしまい、ハミルトニアンの情報を織り込んだ信号が端部へ戻らない。そこで、端部アクセスの条件を緩和し、gateway scheme遂行上最低限必要な物理量を制御・観測する方法を考案した。状態準備は端部のみで行い、観測は全系のエネルギー固有状態で行う。実際、これは生体分子系等の、観測を一部に限定することが困難な場合には現実的な仮定であり、本手法の応用例として光合成機構内のエネルギー輸送に関わるシステムのひとつであるFMO複合体への適用を論じた(UC Berkeleyとの共同研究)。 また、本gateway schemeの実証のため、近畿大学のグループとともに3つの核スピンをもつ分子を用いたNMR実験を行い、ハミルトニアン推定を試みた。この実験では、サンプル内の磁場の不均一さが災いし、本手法をそのまま適用することはできなかったが、(効率は下がるものの)代替手法を用いて所望のパラメーター推定が可能であることを実証できた。
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