今年度は最終年度ということもあり、分子の振動ダイナミクスを効率的に計算するための分子の階層モデル(molecular tier model)の構築、その計算機への実装を完成させた。その過程で非線形結合定数の計算に問題があることが分かったので、八木清氏(理化学研究所)に協力を仰ぎ、分子の様々な異性体に対して安定した計算ができるようになった。現在はこの手法をIgor Rubtsov (Tulane Univ.) らが2次元赤外分光法によって実験的に調べている分子 (acetylbenzonitrile) に適用した計算を行っており、実験結果との比較やその解釈を行って論文にまとめている。この新たに開発された量子ダイナミクスの手法は、量子化学的にポテンシャル面が計算できるような系に関しては一般的に適用可能であり、ポルフィリンなどの比較的大きな分子(生体分子を含む)に対する適用を現在検討している。 また今年度は、この量子ダイナミクスの手法と関連した、分子の構造変化ダイナミクスを量子的に扱うための量子ストリング法の開発を志賀基之氏(原子力研究機構)とともに行い、論文にまとめた。これは昨年度、論文として発表した、最小自由エネルギー経路を求めるためのストリング法を量子系に拡張したものであり、これによってレアなイベントである分子の構造変化を量子的に取り扱うための基礎を築くことができた。将来的にはこの手法と上の量子ダイナミクスの手法を組み合わせて、分子の量子的な構造変化ダイナミクスを取り扱いたいと考えている。 分子のレーザー制御の問題に関しては、高見利也氏(九州大学)とともに最適制御理論の適用を行っているが、それをレビュー記事としてまとめた。現在は制御の問題の量子古典対応を調べており、それを論文にまとめているところである。
|