反応物理化学では、ポテンシャルの概念はダイナミックスを理解するための重要な鍵となるが、分子多電子励起状態においては、それは非局所な複素数となる。本研究ではこの特異なポテンシャル上でのダイナミックス解明を目指し、半古典モデルの検証を行う。今年度は、検証実験を行うための実験、つまり、対称性分離2電子励起状態からの準安定解離フラグメントH(2s)の運動エネルギー測定実験、の装置開発に主として従事した。研究代表者らがすでに開発した対称性分離分光実験のための装置および準安定原子検出器をベースに、しかし各部を全く新しい構造のものに変更することで検出効率の向上、運動エネルギーを測定するための飛行時間分解能の向上を目指した。また、マイクロ秒スケールの飛行時間の測定を、624ナノ秒ごとに入射する放射光パルスを用いて測定するため、放射光パルスを「間引く」ことが必要であり、このために当初光チョッパーの導入を検討していたが、アンジュレータビームラインだけでなく光スポットの大きなビームラインにも適用できるよう、パルス電圧により準安定原子自体を「間引く」方式に変更し、装置開発を行った。以上の開発を経て、年度後半に水素分子を対象にテスト測定を行った。今後はテスト結果を吟味し、装置に修正を加え、運動エネルギー測定の精度を上げていく計画である。その上で、対称性、運動エネルギーを特定した断面積測定を行い、半古典モデルと比較し、検証を行っていく。 また、水素分子以外の分子の多電子励起状態を観測するため、メタン、アンモニアといった簡単な分子を対象に対称性分離分光実験を行った。興味深いことに、準安定水素原子H(2s)生成断面積は、研究代表者らが過去に測定したH(2p)生成断面積とよく似た入射光子エネルギー依存性を示した。
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