研究概要 |
気体電子回折はマイクロ波分光法と並び,気体状態の精密な分子構造を研究する有力な実験手法である。これまで沸点の高い分子は気体電子回折の研究対象になりにくいことや,回折像の記録媒体が写真やイメージングプレートでは,反応中間体,遷移状態といった短寿命分子の回折像を測定することが困難であることから,実験対象に制約があったのが現状である。 本研究の目的は,「気体電子回折装置の多機能化」にある。具体的には高温ノズルおよびレーザーアブレーション・ノズルの製作と回折データ検出系の開発を行う。将来的には気体試料を質量選別した上でその回折像を測定する装置の開発へと展開し,超分子・クラスター・化学反応の中間体といった分子を対象とした,気体電子回折の新しい研究手法の確立を目指す。 本研究では開発した装置を用いて,最近発見された直線炭素鎖分子であるHC40Hの精密な分子構造の決定と反応メカニズムの解明を試みる。このような分子の基礎データを蓄積することは分子科学のみならず,電波天文学や宇宙物理学など他の分野への貢献も大きいものであると考える 本年度は,新規ノズルの製作を行い,真空装置に接続を行った。このノズルは汎用性を高めるように設計された。現在は電子回折装置の横に熱分解反応用の石英ガラス管を取り付けできるようにして,HC40Hのデータ観測が可能なシステムに対応しているが,このノズルに部分的な変更を行うことで,真空装置内での加熱,またはレーザーアブレーション・ノズルへの切り替えができるように設計を行った。またノズルにXYZステージを組み込むことにより,これまでできなかったノズルの微妙なアライメントが可能となった。真空装置への組み込みも問題なく,実際の実験ができる程度の真空度が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は東日本大震災の影響のため,本課題で開発している気体電子回折の真空装置の稼動に影響が見られたが,研究実施計画の主眼である新規ノズルの製作を行い,次のステップである回折データの観測が可能となったため,おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
前年度から進められてきた,(a)ノズル・気体試料導入部の新規開発(b)回折パターンの検出システム(測光系)の構築の研究を踏まえ,以下の流れで研究計画を進める。 (1)HC40Hの回折データ観測に向けて 本研究で開発した新規ノズル系を用い,最初に熱分解反応生成物の実験を試みる。そのためにはまずバックグラウンドとして反応の出発物質の回折データが必要となる。そこで目的とするHC40H分子の出発物質としての2-ブチノールの回折データを観測する。続いて新規作製した熱分解反応用の試料導入部を用い,この分子の熱分解反応生成物の回折データの観測を試みる。 (2)ノズルの性能試験 本研究で開発したノズルをベースとして,高温熱ノズル系,レーザーアブレーション・ノズルへの応用を試みる。 (3)測光系.受光系の性能試験 データ測光系を真空装置に組み込み位置調整と時間安定性の試験を行う。 (4)検出システムに不具合が生じた場合 予期せぬトラブルのため,検出システムの開発や回折データの質的向上に時間を要する場合が生じた際には,検出系を現行の写真法に切り替えて,ノズルの性能試験を進める。
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