研究課題
α'-(BEDT-TTF)_2IBr_2はα型BEDT-TTF塩と類似のヘリングボーン構造をとる物質であるが、金属的な性質をもつα-(BEDT-TTF)_2I_3やα-(BEDT-TTF)_2INH_4Hg(SCN)_4など比べて、バンド幅が極端に狭い物質である。この事を反映して、この物質は局在型の光学伝導度をもち、電気抵抗は全温度領域で半導体的な挙動を示す。この物質は210K付近で電気抵抗の急激な上昇を示すが、この温度付近で電荷の秩序・無秩序転移をおこす事が知られている。ところが、この物質はさらに160Kでもエントロピー変化を伴う比熱の異常を示し、30Kでも磁気的な相転移を起こして非磁性状態へ移行することを見出した。この逐次相転移の機構については現在様々な角度から研究を進めている。平成22年度は210Kの相転移に注目し、BEDT-TTFの中央のC=Cを^<13>Cで置換した電荷移動塩と全ての水素を重水素で置換した塩の電気抵抗を調べた。その結果、重水素置換物質で210Kの相転移温度が約4K上昇する事を見出した。これは、重水素による化学圧による効果とは逆の方向であって、電子格子相互作用に帰せられる結果である。この事は、210Kで秩序状態から融解した伝導電子がクーロン力と電子格子相互作用によって各分子に強く束縛されて、スモールポーラロンを形成していることを強く示唆している。BEDT-TTF分子の全対称振動との振電相互作用を解析したが、寄与は限定的であり、むしろ、格子振動特に回転的振動(libration)の寄与が大きい。この結果は、分子導体における電子格子相互作用の重要性を示す初めての実験結果であり、狭いバンド幅の物質を研究対象としたために初めて得られた結果である。
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