研究課題
代表的な分子導体であるBEDT-TTFの電荷移動塩(以下ET塩)の中には、二量体を構成単位とする物質が知られている。0.5+の平均価数を有するこれらの物質で絶縁性のものはダイマーモット絶縁体と呼ばれている。これらの物質で最近誘電異常が報告されている。例えば、κ-(ET)2Cu2(CN)3においては60K以下で、κ-(ET)2Cu[N(CN)2]Clでは40K以下で誘電率の増大が報告され、強誘電体への相転移と考えられている。強誘電体における電気分極は結晶の反転対称性を破ることによって発生するので、二量体中の二つの分子を結ぶ対称心が破れて、(0.5+Δ)(0.5-Δ)のように平均価数0.5からの偏りが発生する可能性がある。この仮説を検証するために、ラマン分光法による研究を行った。二量体内で価数の偏り(不均化)が発生すると、価数に敏感な分子振動モードは二つに分裂するはずである。上記物質の価数に敏感なC=C伸縮振動モードは室温から5Kの全温度領域で分裂しなかった。しかし、両物質とも誘電率異常が発生する温度領域で線幅が増大することが認められた。これは僅かな電荷の偏りを示唆する結果である。ラマンスペクトルの線形を分光器の分解能を考慮に入れた2準位ジャンプ模型を用いて解析した結果、κ-(ET)2Cu[N(CN)2]Clにおける不均化の振幅として2Δ=0.04±0.005という結果を得た。κ-(ET)2Cu2(CN)3においては、もっと大きな偏りが示唆されるが、線幅の再現性が悪いために、その原因を追究している。二量体中の価数の偏りによって強誘電性が発現しているとすると、電子分極による強誘電体(電子強誘電体)を裏付ける結果となる。電子強誘電体は従来のイオン分極による強誘電体と異なる新しい型の強誘電体であり、電子の質量がイオンに比べて軽いことから高速の光応答性などが期待されている。
2: おおむね順調に進展している
この研究計画ではバンド幅の異なる物質における価数ゆらぎをを系統的に研究することを目指している。平成22年度は最もバンド幅の狭いα'-(BEDT-TTF)2IBr2の逐次相転移と同位体効果について、価数ゆらぎと振動分光を通してある程度明らかにすることができた。また、価数の不均化と強誘電性との関係を明らかにすることができた。平成23年度はかなりバンド幅の広い金属性α-(BEDT-TTF)2MHg(SCN)4においても結晶学的に独立な分子は異なる価数を持つことを明らかにした。また、M=K,Rb,Tlにおいて反転対称性の破れを見出した。平成24年度は広いバンド幅をもつκ-(BEDT-TTF)2Xにおいて、従来一つの分子として取り扱われていたBEDT-TTF二量体内の価数ゆらぎについて研究し、非常に小さな不均化が空間的に均一に発生していることを見出した。以上のように、バンド幅の狭い物質における価数の不均化の振幅は非常に大きいのに対し、バンド幅が広くなるにつれて、その振幅が小さくなってゆくことが明らかになりつつある。また、不均化により局在化した電荷と金属性を保ったまま異なる価数を持つ物質が存在することも明らかになりつつある。
平成25年度は本研究の最終年度であるので、平成24年度に決着をつける事の出来なかったκ-(BEDT-TTF)2Xの系統と強誘電性を有し二量体構造を持つβ'-(BEDT-TTF)2ICl2について強誘電性と価数ゆらぎの関係を明らかにしたい。これらの物質については誘電率の実験を行っているグループが日本にいるので、緊密に連絡を取りながら、誘電異常の機構を解明してゆきたい。さらに、やり残したα-(meso-DMBEDT-TTF)2CF3SO3の相転移についてラマン分光の研究を進めたい。この物質はバンド幅の狭いα'-(BEDT-TTF)2IBr2と同型構造をもつので、この相転移は価数分離型の相転移が予想され、α'-(BEDT-TTF)2IBr2と同様な強誘電性が期待できる物質である。しかも、相転移温度が高いので、室温付近で強誘電性を示す可能性がある。誘電率や第二高調波発生の実験を行っているグループと連携することで、この新たな電子強誘電体の候補物質の物性を明らかにできると考えている。
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