研究概要 |
チロシナーゼは,活性中心に2つの銅を有する酵素であり,メラニン色素合成の律速段階であるL-チロシンからL-ドーパキノンへの変換を触媒する。放線菌チロシナーゼは,キャディと名付けたタンパク質との複合体の状態で合成される。キャディはチロシナーゼの活性化に深く関わっており,キャディによってチロシナーゼ活性中心へ銅が輸送された後,キャディは複合体から解離し凝集する。さらに,キャディ分子内には2つの銅結合部位が見いだされている。前年度までの研究成果として,キャディの銅結合部位に変異を導入すると,チロシナーゼの活性化に必要な銅イオンの濃度が上昇する,もしくは,活性化する能力を完全に失うことが明らかとなった。さらに,チロシナーゼの活性中心付近に形成されている水素結合ネットワークを破壊するように変異を導入した場合でも,活性化に必要な銅イオンの濃度が上昇した。 本年度は,チロシナーゼとキャディ変異体の複合体のX線結晶構造解析を実施した。その結果,チロシナーゼが全く活性化されない変異型複合体では,チロシナーゼの活性中心に銅イオンがほとんど取り込まれなかった。さらに,活性化のための銅イオン要求量が増加した変異型複合体では,新しい銅結合部位が見いだされた。この銅結合部位は,キャディ内部に存在する銅結合部位と,チロシナーゼの活性中心を結ぶ中間点に位置している。この結果から,キャディの分子表面から,チロシナーゼの活性中心へと銅を輸送する経路が特定できた。チロシナーゼの活性中心が形成されるとき,ひとつめの銅イオンが取り込まれた後,静電気的反発に逆らい2つめの銅イオンを導入する段階が,律速段階であると考えられるが,キャディによる銅輸送は,律速段階を効率よく進行させるために必要であると理解できる。本年度までに得られた成果は,Journal of Biological Chemistry 286号34巻にて発表した。
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今後の研究の推進方策 |
キャディによるチロシナーゼへの銅輸送機構を解明することはできたが,銅輸送完了後,いかにしてキャディがチロシナーゼから解離するのかを説明できていない。チロシナーゼは,タンパク質の分子表面にあるチロシン残基を反応性の高いドーパキノンに変換することにより,タンパク質の凝集を促進するとの報告がある。このため,チロシナーゼの銅取り込みが完了した後キャディ中のチロシン残基がドーパキノンに変換されるとの仮説が立てられる。ただし,チロシン残基をドーパキノンに変換するためには,チロシナーゼに結合した2価の銅が還元され,さらに,分子状酸素と結びつくことにより,オキシ型チロシナーゼが形成される必要がある。今後は,オキシ型チロシナーゼを形成させた後の変化を,ラマンスペクトルやX線結晶構造解析により,解明していきたい。
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