高原子価-鉄(IV)はシトクロムP450などの酸化酵素の活性種と考えられている。本研究では、高原子価-鉄ポルフィリン錯体の反応性と鉄の電子状態(スピン状態や電子配置)との関連性を明らかにするため、これまでに1例しか報告のない6配位鉄(IV)ポルフィリン錯体の一般的合成方法の確立を目指した。 具体的には、容易に合成可能な鉄(III)ポルフィリンラジカルカチオンに電子供与能の高い軸配位子を添加し、低スピン-鉄(III)から低スピン-鉄(IV)への変換を試みた。メトキシドイオンの付加体が4価を示すのに対して(既知)、フッ化物イオンの付加体は高スピン-6配位鉄(III)ポルフィリンラジカルカチオンであることがNMRやメスバウアーの研究から明らかになった。しかしアジドイオンを加えて生成したビス(アジド)錯体ではラジカル性の著しい減少が示された。また、この錯体のメスバウアーパラメータは低スピン-鉄(III)錯体と低スピン-鉄(IV)錯体の中間に位置していた。これらの結果に基づき、ビス(アジド)錯体は低スピン-鉄(III)ポルフィリンラジカルカチオンと低スピン-鉄(IV)ポルフィリンとの平衡混合物であるという新しい概念を提唱した。 鉄からポルフィリン環への電子移動をさらに起こりやすくするため、ポルフィリン環のmeso位に電子求引性のp-トリフルオロメチルフェニル基を導入したところポルフィリン環のラジカル性はほとんど消失し、鉄はほぼ純粋な4価(S=1)の酸化状態を示した。 ビス(アジド)錯体のメスバウアーパラメータはシトクロームP450CAM、P450BM3およびクロロペルオキシダーゼなどのヘムタンパク質におけるCompound IIの値に極めて近いことから、これらのヘムタンパク質中間体も同様の平衡混合物として存在していると考えた。
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