本研究では、研究代表者が開発してきた原子間力顕微鏡を基礎に据えた高分子一本鎖のナノフィッシング(高分子一本鎖伸長)技術を改良し、ノイズ解析ナノフィッシング技術として昇華させるとともに、それを高分子一本鎖のダイナミクス研究に応用する。それによって、高分子物理学の中でも理論主導で実験的確証の少ない「高分子一本鎖の物理学」を実験主導の学問として確立することを目指している。従来行ってきた動的ナノフィッシングでは高分子一本鎖の動的情報を得るために探針に強制振動を加えなければならなかった。高分子鎖の見かけのバネ定数、摩擦係数を求めることができたが、測定そのものの困難が常に伴った。 一方、揺動散逸定理の一表現として、溶媒の中に置かれた「探針+高分子一本鎖」の系が溶媒分子から感じる揺動力をスペクトル解析することで動的ナノフィッシングと同等の情報を取得することができるのではないか。そのような考えから本研究を推進した。この予測のもとに装置外部に設置したADボードによるデータ収録とオフラインでの解析という予備的な測定を行い、ナノフィッシング時に得られた信号のノイズ解析を行った。基板と接触時、高分子鎖がランダムコイル状態になっている時、高分子鎖が伸び切り鎖近傍の状態にある時、そして結合破断が生じカンチレバーが自由な状態に戻った時ではそれぞれパワースペクトル密度(PSD)が異なることが分かった。 しかしながらこの実験ではオフライン解析が必要でそこに改良の余地があった。そこで原子間力顕微鏡とベクトルシグナルアナライザーを複合的に用いることでそれが実現すると考え、所有していたベクトルシグナルアナライザーを複合化する試みを行った。しかしながらこの試みは研究の半ばで不可能または困難であることが判明した。そこで方針を転換し、高速デジタイザ(今回新規購入)と高速コンピュータを組み合わせ、ベクトルシグナルアナライザーと同等の機能をもつ装置を自作することにした。現在それが進行中で来年度の半ばまでには完了する見込みである。
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