公共用水域の水質改善にむけてさまざまな取り組みが行われてきたが、湖沼や内湾などの閉鎖性水域では環境基準の達成率は依然低い状況にあり、その原因となる栄養塩(窒素、リン)に対しての更なる対策が必要な状況である。対策による効果や影響を事前に評価するために、集水域からの汚濁負荷を推定し、閉鎖性水域における水質シミュレーションを実施する必要がある。しかしこれまでの水質シミュレーションでは、そもそも社会全体として栄養塩の環境への排出をできるだけ小さくするような対策は考慮できない。このような対策や社会経済の変化による影響を評価するためには、流域全体の栄養塩のフローを解析し、さまざまな対策を実施した結果そのフローが変化したことにより、どのように水系への排出汚濁負荷が変化するのかを推定する必要がある。マテリアルフロー分析(以下、MFA)は、地域スケールでの栄養塩を対象とした解析にも利用されているが、個々のフローの推計精度が十分とは言えず、特に栄養塩の発生源として重要と考えられる農地のマテリアルフローの解析に課題を残していた。 そこで、タイ国チャオプラヤ川下流域において農業、畜産業や水産業(養殖)における食品の生産およびその消費に伴う窒素のMFAを実施した。特に、農地については、現地で得られる情報と文献情報を組み合わせて、代表的な作物の特性を考慮した評価を試みた。この地域は、首都バンコクといった都市域、周辺の農業地帯、および臨海部の水産養殖が盛んな地域を含んでいるが、環境への排出量全体では水産養殖が主要な構成要素であったが、水系への直接的な排出という点では、生活排水、畜産排水なども重要であることが示唆された。一方、算出された結果の精度については、用いたデータや仮定によるばらつきも大きいものと予想された。
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