ギリシア・ローマ時代の平面が判明する約140例の劇場の現存遺構を対象に都市計画的観点から分析し以下のような結果を得た。まず、分析対象の約半数は舞台背後に閉じたオープンスペースを持ち、その約2/3は周柱廊をもつ。そうした閉じたオープンスペースが紀元前2世紀末~紀元前1世紀初めにイタリア中部で行われ始めた可能性が高い。さらに紀元前1世紀前半に舞台背後に列柱廊を巡らす事がローマ近郊で始まったと見て間違いない。こうした舞台背後の扱いに対応してその裏側部分に外側にのみ出入り口を開く部屋が紀元前2世紀頃より出現し、アウグストゥス時代には一般化した。また舞台建築背面にアウグストゥス時代から片蓋柱やニッチを、2世紀からは壁前柱を付けることで意匠的に外部空間に働きかけることが始まったが、それはイタリア、ギリシア、小アジアに限定され、事例数もきわめて少数であった。次に現代劇場の建築計画学観点から劇場の舞台の見え方について約40例を対象に分析を行い以下のような結果を得た。まず、舞台からの水平距離の点から見ると、現代劇場では15m、22m、33m(あるいは38m)がひとつの基準となるが、ほとんどの劇場において客席は舞台から15m以上の位置にあり、さらに22m以内に客席がある場合は最下段maenianumの一部が含まれるに過ぎなかった。また、現代劇場の計画で舞台が最も見えやすい客席の角度は5~15度とされているが、分析したほぼすべての劇場の下段maenianumの客席は上記角度以内におさまり、客席最上部においても最大で22度ほどで、限度角度とされる30度に達するような場合は皆無であった。すなわち、古代の劇場は、現代劇場の計画学観点から見ても、きわめて見やすい角度にその客席が計画されており、さらに現代のパレエやオペラを鑑賞するような規模を想定した舞台と客席の関係を持っていたことが明らかとなった。
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