放射線に対する物質の電離効率を表すW値は、放射線によって発生した電荷量と物質に吸収されたエネルギーとを直接結びつける放射線物理学や放射線計測における基礎物理量である。特に、重荷電粒子に対するW値は、粒子線医学、放射線生物学、宇宙放射線計測、宇宙放射線防護等の新たな分野で吸収エネルギーを求めるための重要な実用量でもある。しかしながら、その重荷電粒子に対する実験データは極めて少ない現状にあり、粒子線治療や宇宙線量測定における曖昧さの要素の一つになっている。本研究では、これらの分野でよく参照される10~200MeV/nの高エネルギー重荷電粒子に対するW値を希ガス、空気、組織等価ガスにおいて測定し、そのデータの蓄積・提供を行い、エネルギーや粒子種並びに試料気体圧力への依存性についての検討を行っている。広いエネルギー範囲(1~100MeV/n)の粒子並びに高圧試料気体に対する測定を可能とするように実験装置の大型化と改良を実施し、これと同時に粒子エネルギー決定精度の向上に取り組み、50m厚入射窓の導入や飛行時間分析型(TOF)エネルギー測定装置の大幅改良を行った。これらのエネルギー測定の結果は、SRIM並びにPHITS等の計算コードによる結果に、飛行時間で0~1.5%、エネルギーで0.3~3.3%の差違で一致することを確認した。今年度はC~Feに至る幾つかの重イオンに対してアルゴン、空気及び生体組織等価ガスにおける電離効率の測定を行ない、W値を決定した。試料気体の圧力は、2次電子の飛程を考え、0.2~0.5MPaの範囲に設定し、圧力に関するW値の変化も調べた。これらの結果は、一部いくつかの報告としてまとめられ、国際会議(IEEE2012)等において一部報告がなされた。またW値測定の現状について総括し公表する機会があり、本研究で得られた結果も示した。
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