研究課題/領域番号 |
22570026
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
難波 利幸 大阪府立大学, 理学(系)研究科(研究院), 教授 (30146956)
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キーワード | 生物多様性 / 生態学 / 生物間相互作用 / 生物群集 / 多種共存要因 / ギルド内捕食 |
研究概要 |
本研究の目的は,複数の型の相互作用を含む生物群集の構造と動態を調べることにより,主に食物網と競争的群集の研究によって培われてきた群集観がどのような変更を迫られるかを明らかにすることである。本年度は,特に,複数の型の相互作用を含む系として,捕食と競争を含むギルド内捕食系に注目し,理論は生産性が高い環境ではギルド内被食者が絶滅することを予測するのに,実験室や野外での実証研究ではギルド内被食者は絶滅しないという謎を解明することを目標に研究を行った。 ギルド内捕食者がギルド内被食者と資源の二つの餌に対してII型の機能の反応を示す数理モデルを作成し,ギルド内捕食者による資源と被食者の処理時間を増減することによって資源と被食者の好適度を変え,平衡状態の存在と安定性の解析によって,ギルド内被食者とギルド内捕食者の共存可能性を調べた。 その結果,ギルド内捕食者に対する資源の好適度が低いときには,生産性の高い環境でも,資源だけではギルド内捕食者が存続できないため,ギルド内被食者は決して絶滅しないことが明らかになった。さらに,資源の好適度だけではなく,被食者の好適度も低いときには,ギルド内被食者ではなく,ギルド内捕食者が生産性の高い環境で絶滅することが分かった。 餌の好適度を考慮しないLotka-Volterra型のモデルでは,生産性が高くなると,資源だけでギルド内捕食者の平衡密度が単調に増加するので,ギルド内被食者が絶滅する。また, II型の機能の反応を仮定したモデルでは,限られた範囲のパラメータの値についてしかモデルの性質が調べられてこなかったのに対し,本研究による詳細な研究によって理論研究の制約が破られることになった。 ただ,II型の機能の反応を含むギルド内捕食のモデルでは,非線形性のために様々な分岐現象が起こり解析が難しいので,このモデルの解析の一部は次年度に引き継いだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は,種間相互作用として相利と捕食,相利と競争を含む生物群集を中心に,複数の型の相互作用を含む生物群集の構造と動態を調べることにより,主に食物網と競争的群集の研究によって培われてきた群集観がどのような変更を迫られるかを明らかにすることである。 相利と捕食が関わる系として,植物と送粉者または種子散布者の相利系に捕食者を加えたモデルを,相利と競争が関わる系として,植物と送粉者または種子散布者の相利系に植食者を加えたモデルを解析した。送粉者や種子散布者が植物に与えるサービスにはコストがかかることを仮定し,捕食者や植食者を加えることによって,個体数の無限増加が抑えられ相利系が安定化することを明らかにした。さらに,二つのモデルを混合した相利と捕食と競争の三つの相互作用を含む4種系を考えることにより,多様性の増加による群集の安定化効果も示すことができた。ただし,これらのモデルでは,非線形性にともなう振動現象などについて今後のさらに詳細な解析が必要である。 捕食と競争を含む群集の例として,シカによる草食と,シカの食草とシカの食用には不適な植物間の競争を考慮したモデルと,シカの捕食者であるオオカミを加えたモデルを解析した。その結果,シカと2種の植物の系は本質的に不安定で,シカの食草とシカが激減し,シカの食用に不適な植物だけが優占する状態が長く続くことが分かった。しかし,この系にオオカミを加えると,シカの大発生と食草の枯渇が避けられ,系が安定化する。捕食と競争が働く系では,群集構造によって安定性が大きく変わることを示す好例を発見したことになる。 捕食と消費型の競争を含む系としてのギルド内捕食のモデルでは,資源とギルド内捕食者の,餌としての好適度を考慮することにより,生産性が高い環境でギルド内被食者が絶滅するという理論の結果が現実と合わない矛盾を解決することができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の最終年度にあたり,以下の諸点について研究を進める。 1.これまでの研究によって,ギルド内捕食系では,ギルド内捕食者にとって基底資源の好適度が低ければ,生産性が高くなっても,資源だけではギルド内捕食者が存続できないために,ギルド内被食者が絶滅することはなく,実験室や野外での実証研究と矛盾のない結果が得られることを明らかにした。今後は,モデルの非線形性に起因する振動現象なども考慮した上で,上記の結論が一般性を持つかどうかを明らかにする。 2.申請者は,シカとうまい草とまずい草の系では,草食と植物間の競争によって個体数の激しい振動とまずい草の長期にわたる優占が起こるが,オオカミの導入によって振動は止まることを明らかにしている。こでまでに,この系に対応する海の系である,ウニとケルプとサンゴ藻の系にラッコを加え,さらに,ラッコの捕食者であるシャチを導入する効果を調べている。今後は,ラッコによる系の安定化とシャチによる系の不安定化を,平衡状態の安定性解析と分岐解析によってさらに詳しく調べる。 3.複数の型の相互作用が群集の構造と動態に及ぼす影響を明らかにするためには,個別の相互作用の性質についても十分な検討が必要である。植物は,機能的に等価な多くの葉を持ち,その一部が失われても個体の存続が可能なモジュール構造をしている。学外の研究者との共同研究で,食われる側のモジュール構造を考慮した捕食者-被食者動態モデルを構築し,被食者のモジュール性が捕食者-被食者系の安定性に及ぼす影響を明らかにする。 4.植物と送粉者または種子散布者の相利系に,捕食者や植食者を加えることにより,多種間の相互作用が個体数の発散を抑える場合があることを既に明らかにしている。しかし,これらの系での非線形性にともなう振動現象などについては未知のことが多く,コストの役割とともにさらに詳しく調べる必要がある。
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