個体識別した動物の一生を追跡し、繁殖成功度だけでなく、適応度まで測定し、それに影響を与える要因を解明する研究は、その生物の進化を理解する上で重要であるばかりでなく、進化現象そのものの理解を深めることになる。しかしながら、個体識別と追跡調査の継続が困難であるという点から、野外での識別個体の継続調査は難しく、一部の大型哺乳類以外では行われてこなかった。本研究では、1989年から個体識別され、長期継続調査を継続している宮城県金華山に生息する野生のニホンジカ(Cervus Nippon)の集団を対象に、形態や体重を指標とした栄養状態、さらに繁殖行動や繁殖成功を検討し、どのような個体の適応度が高いのかを明らかにしようとするものである。 平成22年度は、初夏と発情期である秋に、識別個体の繁殖成功について野外調査を行った。また、これまでの調査データを、さまざまな分析にかけるための一元化された個体別データベースにまとめた。さらに、個々のメスが、どのような間隔で出産するか、あるいは産んだ子供にどの程度投資を行うかは、生涯繁殖成功度を高めるために重要である。栄養状態の悪い調査地では、子供への多過ぎる投資は母親の生存を危うくし出産回数を減らすという形で生涯繁殖成功度を下げる。一方、少な過ぎる投資は子供が良好に生息しない可能性を高め、子供の生存を危うくするという形で生涯繁殖成功度を下げる。平成22年度はこの点からメスの出産コストについて検討し、出産と育児による体重減少は年齢とは無関係に起こるが、壮年期のメスは回復力が高く、相対的には負担するコストが低いことがわかった。さらに、メスが出産後に負担するコストである授乳についての解析の準備を進めた。
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