個体識別した動物の一生を追跡し、繁殖成功度や子供の生残を測定し、それに影響を与える要因を解明する研究は、その生物の進化を理解する上で重要であるばかりでなく、進化現象そのものの理解を深めることになる。しかしながら、個体識別と追跡調査の継続が困難であるという点から、野外での識別個体の継続調査は難しく、大型哺乳類では数例を除いては行われてこなかった。本研究では、1989年から個体識別され、長期継続調査が継続されている宮城県金華山に生息する野生のニホンジカ(Cervus nippon)の集団を対象に、形態や体重を指標とした栄養状態、さらに繁殖行動や繁殖成功を検討し、どのような個体の適応度が高いのかを明らかにしようとするものである。 野外調査に関しては、平成24年度は震災の影響で調査地が被災した為に影響が出たが、四季にわたって調査対象個体の生死と出産の確認を行った。分析については、繁殖成功に影響を与えると思われる母親の子供への世話について、授乳行動から分析を行った。母親は出産直後には子供が満腹するまでの授乳をしていたが、少し成長すると子供の授乳継続の要求に対して拒否することが増加した。このことから、母親が投資の制限を行っていることが示唆された。また、授乳時間や拒否の頻度についての性差がほとんどなく、雄の子供へ多くの投資を行うという仮説は本調査地では否定された。 本調査地では交尾は乱婚的であるが、子供は1仔である。交尾行動を観察した雌の子供について遺伝的に父子判定を行った。なわばり雄と非なわばり優位雄、劣位雄の交尾数の比率と、これらの遺伝的な父親である比率はほとんど一致していた。このことから、社会的地位によって受精率に差がなく行動観察の結果がほぼ反映していることがわかった。また、なわばり雄による占有が顕著であることと同時に、劣位個体も一定の繁殖成功を得ていることが示された。
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