生物ではD-アミノ酸の使用は例外的であり、特に真核生物ではその生理機能はほとんどわかっていない。D-アミノ酸を必須要素とする細菌の細胞壁成分ペプチドグリカンは、細菌に物理的強度を与えると共に分裂時の隔壁形成にも関わる。我々はヒメツリガネゴケに葉緑体型ペプチドグリカン合成系が存在しており、これが葉緑体分裂に関わることをPbp等の合成系遺伝子の破壊実験により示してきた。本研究ではコケ植物葉緑体分裂におけるD-アミノ酸の機能を調べるため、ペプチドグリカン合成系のD-アラニン:D-アラニンリガーゼ(Ddl)のヒメツリガネゴケ相同遺伝子(PpDdl)の解析を行った。PpDdlの細胞内局在を調べるため、PpDdlの予想葉緑体移行配列65アミノ酸にGFPをつなぎ、CaMV35Sプロモーターで発現させるプラスミドと自己プロモーターで発現させるプラスミドを作製した。作製したプラスミドを導入したヒメツリガネゴケプロトプラストでは、二種類ともで葉緑体にGFP蛍光が観察され、PpDdlが葉緑体に局在していることが示唆された。PpDdlの遺伝子破壊ライン(ΔPpDdl#3)では葉緑体分裂が阻害され、巨大葉緑体が出現することを前年度に見いだしている。野生型と、巨大葉緑体を持つΔPpDdl#3、およびPG合成の最初の反応を触媒するMurAの相同遺伝子を破壊したΔPpMurA1/2#140をD-アラニル-D-アラニン、D-アラニン、L-アラニル-L-アラニンを添加した培地で育て植物体を観察したところ、D-アラニル-D-アラニンを添加した培地で育てたΔPpDdl#3の次頂端細胞では葉緑体数が22.9±9.8個まで回復していたが、他の場合では葉緑体の増加は見られなかった。これらの結果は、PpDdl遺伝子がD-アラニル-D-アラニンの合成を介してヒメツリガネゴケ葉緑体分裂に機能している事を強く示唆している。
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