コオロギは空気流刺激に対し、反対方向へと逃避行動を発現する。空気流の感覚器である機械感覚毛が密生している1対の尾葉の片側を除去すると、逃避の方向が不正確となるが、自由歩行できる環境で飼育すると、約2週間で逃避方向に補償的回復が見られる。これまでの研究で、コオロギの神経系は自分が動いたことにより生じる自己刺激空気流の方向を基準として、その機能を修正していること、また、体を固定した状態で引き起こされた歩行運動(静止歩行)に同調して与えられた人工の空気流刺激(偽自己刺激空気流)も、回復に有効に作用することが明らかとなっている。 今年度は、片側尾葉を切除したコオロギを静止歩行させ、その際に同調して与える偽自己刺激空気流のタイミング、あるいはその持続時間を様々に変化させることにより、それぞれの刺激が逃避方向の補償的回復におよぼす影響を調査した。偽自己刺激空気流によるトレーニングは2週間行った。その結果、偽自己刺激空気流の持続時間と、それを与えるタイミング(自発歩行開始からの潜時)は取引(trade)可能な要素であるらしいことが明らかとなってきた。すなわち、例えば持続時間が50msecの刺激の場合、潜時が500msecだと効果がないが、250msecになると回復を引き起こすことができた。また、潜時が500msecの場合でも、持続時間を100msecと長くすると効果が現れる。このように、調査した範囲内で、逃避方向に補償的回復を生じさせるための潜時と持続時間は、比例関係を示すように変化していく傾向があった。
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