昨年度までの行動学的研究において、申請者が過去に提唱した行動補償の神経メカニズムに関する仮説の妥当性が、より確かなものとなった。その仮説においては、遠心性コピーシグナルが重要な役割を果たすと考えられている。本年度は、その考えに従い歩行中のコオロギの腹部神経索より神経活動の記録を行った。また同時に肢の運動神経からの記録を試みたが、どうしても歩行に支障をきたしたので、後肢の筋肉からの記録(EMG)に切り替え、腹部神経索内の介在神経の活動との同時記録を行った。歩行中、下行性の介在神経のリズミカルなバーストが確認された。このような介在神経の活動は以前から確認されてはいたが、遠心性コピーシグナルそのものか否かについての結論は得られていなかった。そこで今回は、下行性の介在神経の活動とEMGとを比較する事により検討を行った。記録される下行性の介在神経の活動電位は非常に小さく、また前述のように出力側は筋肉からの記録であったため、個々のスパイクの対応関係の比較はあまり意味がないので、全体の反応量の比較を行った。具体的には、下行性の介在神経および後肢のEMGにおいて、それぞれベースラインより一定量上のレベル(SDの3倍)を閾値として、それより上の部分の面積を積分した。その結果、下行性の介在神経のバースト発生時の活動量と後肢のEMGとの間には、非常に強い相関があることが確認された(r=0.87)。このことは、この下行性の介在神経が歩行時の運動出力の遠心性コピーシグナルを伝えている有力な証拠と考えられる。
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