系統地理解析と生息地予測モデルを統合し、温帯域に生息する冷水性魚類の歴史的な成り立ちを明らかにするとともに,環境変動(おもに温暖化)が冷水性種に与える影響を推定することを目的とした. 冷水性魚類群集を構成する魚類(フクドジョウ、ハナカジカ、カワヤツメ)を対象にした生息地予測マップを構築した。フクドジョウとハナカジカについて、生息地予測マップに基づく個体群構造モデルを遺伝マーカーによる系統地理データで評価したところ、フクドジョウについては、生息地予測マップと系統地理情報による個体群構造は良い対応がみられた。フクドジョウの地域個体群構造(遺伝子流動の有無、強弱および経路)については、これまでよく用いられてきた「距離による隔離」よりも本研究で生息地予測マップから求めた「Landscape resistanceによる隔離」のほうがよい説明を与えることが明らかになった。 生息地予測モデルに基づくフクドジョウの河川水系ごとの生息適地面積は、遺伝的多様性との間に正の相関がみられた。連続した分布適地がある(好適分布地の面積が大きい)水系では収容力が大きく、遺伝的多様性が高く保たれていることを反映していると考えられた。将来の気候変動において、いくつかの河川水系の生息適地面積は大きく減少することが推定され、それに伴う遺伝的多様性の喪失が危惧されることが明らかになった。また、気候変動下での遺伝子流動パターンの予測を行うことで、気候変動により孤立化する個体群や消失する個体群などを推定することができた。 生息地予測モデリングと遺伝マーカーによる系統地理学的解析を組み合わせた本研究により、冷水性魚類の分布域形成史や個体群構造を精度高く推定することができた。同時に、本手法は実践的な保全生物学に貢献できるものと考えられた。
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