採択時期が遅かったので、サンプル収集等が先行していた2年度目のテーマを2010年11月から実施した。 日本海のツバイBuccinum tsubai 4集団(20個体)と形態的な類似性のあるオホーツク海・太平洋(隣接海域)の3種(11個体)に加え、日本海と隣接海域に分布する同属(エゾバイ属)の8種(9個体)を含めた計40個体による系統解析を行った。外群には、本属の近縁とされるエゾボラ属から5種(5個体)を用いた。16SおよびCOI領域における系統解析上の情報不足が確認できたので、さらにチトクロムbおよびND5領域を加え、総計で5723bpのデータを作成した。系統樹はベイズ法および最尤法によって再構築された。これにより系統樹の頑健性は飛躍的に向上した。 その結果、日本海固有とされてきたツバイ4集団は単系統とはならず、能登半島以西に分布するJS1集団は、残りの日本海3集団および隣接海域の類似3種とからなる明確な一系統と、もっとも早期に分化したことが明らかになった。後者の系統では、その後、日本海と隣接海域においてそれぞれ分化が進行したことが推察された。化石情報を用いて系統樹に時間軸を与えたところ、JS1集団の分化年代は2.7Ma(百万年前)と推定されたが、解析に加えた数種の中で、日本海と隣接海域に分かれて分布するいくつかの種どうしもまた、ほぼ同時期に分化したことが明らかになった。日本海は3.6-2.1Ma頃に日本列島の隆起によって徐々に孤立化が進んだとされており、分布域の分断による種(系統)の分化が並行的に起きたものと考えられる。 以上の解析結果は、ツバイとその近縁種群(ツバイ種複合体)における種分類の見直しを求めている。また、日本海の深海生物相の形成には、魚類などを用いた解析で最終氷期(1.8-1万年前)を念頭においた論議が無批判に多くなされてきたが、より大規模な地理的変動に対応した長期間に渡る種分化が推定されたことはたいへん興味深い。
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