研究課題/領域番号 |
22570098
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研究機関 | 東京農業大学 |
研究代表者 |
白井 滋 東京農業大学, 生物産業学部, 教授 (70371888)
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キーワード | 日本海深海動物相 / 分子系統地理 / エゾバイ科 / 分類・多様性 |
研究概要 |
当初、1年目の実施を予定していたエゾボラ属(Neptunea)について、一連の解析を行った。本属には、形態による分類によって3亜属が設けられ、我が国周辺からは35種ほどの既知種が知られる。しかし、個々の種において形態的な変異は十分には考慮されておらず、個々の種同定はかなり困難である。東・北日本を中心に行ったトロール等調査と各地漁業による水揚げ物調査から、2亜属2千個体余りを入手・観察した。これらは、形態レベルで15個前後のカテゴリーに整理された(おそらく、2亜属の既知種のほとんどがいずれかに該当すると考えられる)。 1年目のツバイを対象にした解析と同様、形態や地理的分布を考慮に入れて選択した55個体について約5.7kbの塩基情報を取得した。多くの種からなるエゾボラ亜属には4つの明瞭な系統を確認した。そのうち、2つの系統(系統AおよびB)はいずれも形態変異が大きく、5種ないしそれ以上の既知種(未記載種を含むか)から構成されていた。 16SrDNAの部分配列による集団解析(約350個体を使用)を合わせて実施したところ、系統Aは鮮新世後期には寒冷な北西太平洋に広く分布していたが、その後日本列島の隆起によって生息地が大きく分断されたこと、さらに、北海道西方とオホーツク海に現存する集団は日本海側で分化した小集団に由来することが明らかになった。この系統はエゾボラモドキN.interscalptaに代表される。 系統Bは形態的に系統Aと酷似するが、分布域は太平洋域とオホーツク海域のやや深めの海域に限られ、ヒメエゾボラモドキN.kuroshioなどの4つの群から構成されていた。これらの群の分化年代は古く、鮮新世前期にまで遡ると見積もられた。当時の地理条件を考えれば、これらの一部は日本海にも分布を広げていたと思われ、その後の気候変動等によりその系統が途絶えたことが推定された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
これまで、5000個体を超えるサンプルを詳細に観察し、東・北日本周辺海域のエゾバイ属およびエゾボラ属貝類の多様性把握に努めてきた。分子情報という新たなスケールを当てることで、混乱している種分類に新たな光を当てることが出来ている。過去2年間で、2つの異なる系統の分化過程と日本海形成との対応を確認しつつあり、本グループにおけるダイナミックな種・系統分化の様相が明らかになってきた。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度に当たり、計画どおりツバイ種群以外のエゾバイ属を対象に、調査・解析を予定どおり実施する。過去2カ年の成果とともに、日本海の深海性動物相(巻貝類)の形成を説明しうるよう努力する。計画の変更は特別ないが、これまでの予備調査により、エッチュウバイ、ラウスバイなどの種に、交雑または遺伝子浸透(過去の種間交配によって、一方の種の遺伝的組成が他方に入り込む現象)が想定されている。まずは、その実態把握に努めるが、余裕があれば現象をより詳細に説明できるだけの情報を収集したいと考えている。遅れている成果公表については、現在、1年目の成果について執筆を行っており、今年度前半における学会での口頭(ポスター)発表を予定している。
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