本課題の最終年次にあたる24年度には、22年度に実施したツバイを加えたエゾバイ(Buccinum)属について、種レベルの系統類縁関係の解明と種分類に関する問題について考察を行った。 ミトコンドリアDNA(mtDNA)の16Sと3つの蛋白質コード領域(COI、ND5およびチトクロムb)の塩基配列約5.7kbpを、日本周辺から採集したエゾバイ属20種50個体について読み取った。個々の領域だけでは十分な系統推定はできなかったが、これら4領域を統合することにより時間軸を備えた頑健な系統樹が得られた。 北西太平洋の深海性のエゾバイ属は4つの系統で構成され、それぞれ11-7 Ma(百万年前:中新生後期)には独立した系統として存在していたことがうかがわれた。現在の日本海とその隣接海域(オホーツク海・太平洋)に分布する姉妹種関係が4組認められ、これらは3.0-1.8 Maの期間に分化していた。この期間は、本州中部以北の日本列島が隆起し、日本海が現在のように孤立化したとされる時期(3.5-2.1 Ma)に符号していた。今回の結果は、現在の日本海の深海巻貝類相の成立を説明しうる非常に興味深いものとなった。 観察した20種の中に、mtDNAの遺伝子型と形態による種分類とが整合しない例が認められた。エッチュウバイ(分布水深 200-500m)と同定された個体の一部はオオエッチュウバイ(500-1900m)の遺伝子型を持っており、その出現頻度は能登半島以西で低く、同以北では100%を示した。同様の現象が隣接海域のラウスバイとカシマナダバイにも認められた。これらは、過去数十万年の間に起きた種間交雑により、一方のmtDNAが他方に浸透したものと考えられ、いずれのケースでも交雑は直接の姉妹種ではない3.0 Ma以前に分化した2種間で起きていた。今後、核DNAの観察も加え、理解を深める必要がある。
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