岩礁潮間帯性ヤドカリ類について、北海道、東北、関東、紀伊、四国、九州、沖縄、台湾、ホンコンから得られたサンプルについての遺伝的な組成を調べた。ミトコンドリアDNAのCO1領域を用いた。ホンヤドカリPagurus filholiにおいては、北海道では夏に繁殖のピークがあり、関東~九州にいたる地域においては冬に繁殖のピークがある。またメスをめぐるオスの行動は、北海道では攻撃性が相対的に高い傾向が見られた。しかしながら、ミトコンドリアDNAのCO1において遺伝的な差は見られなかった。したがって、現在までのところ、こうした生態的違いは隠遁種の可能性を示唆するものではなく、水温などの環境条件による可塑性である可能性が高い。 またイソヨコバサミの関東~九州における集団と、沖縄における集団には、ミトコンドリアDNAにおいて有意な遺伝的な差をみつけることはできなかったが、ホンコンのサンプルとは有意な差があった。このことは本種においては温帯に適応した集団と、熱帯の集団に分化が進んでいることを示唆している。 さらにゼブラヤドカリPylopaguropsis類とツノヤドカリDiogenes類において熱帯太平洋からインド洋の広い範囲にわたる標本をしらべ、その種分化の状況を調べた。その結果、ゼブラヤドカリ類においては従来1種類にまとめられていたものの中に、少なくとも4種類の隠遁種があることが確認できた。またツノヤドカリ類においては従来、日本海固有種と思われた種と、形態的に区別し難い種がオーストラリアのクイーンズランドから発見された。これは生物地理学上の一つの大きな謎とされているAmphopolarismの一例と考えられる。
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